@千曲市更埴文化会館あんずホール
原作:坂口安吾
構成:長野県茅野高校演劇部 郷原玲
出演:長野県茅野高校演劇部
いよいよ来ました長野県代表☆
県大会に引き続き観劇しました。(ちなみに県大会のときの感想はこちら。)
今回長野県大会から関東大会に進んだのは松川,茅野,屋代の3校なんですが,この3校の共通点として,小川幸司先生がいらっしゃるんじゃないかなーと個人的に思ってます。
屋代が今回上演した作品は小川先生作,松川は小川先生の前任校(そして小川先生がいらした時に『べいべー』を上演している),そしてこの茅野は,今回上演している作品が,小川先生の教え子である(と噂で聞いている)郷原先生と,さらにその郷原先生の教え子の皆さんによる構成。偶然でしょうけど,面白いなと思いました。
種を蒔けばいつか芽が出るし花や実をつける。その花や実を見られるのが,種を蒔いた本人でなくとも。
県大会が終わって,私はそんなことを思いました。そうして時代は巡っていくんだろうなぁ。
そんなわけで,一度観ているし前回と比べてどう変化しているかな~というのが,今回の私の楽しみでした。前回は下手から観ていたけど,今回は上手寄りだったので,見えるものもまた違うかなーとか。
この前の時間が伊勢崎清明で,(かなり声量あるな!)と思っていたんですが,茅野の幕が開いて,びっくりしました!師匠役の方の最初の一言,かなり通る良い声だったんです!どびっくりでした。どびっくり。登場人物の立ち位置も上手がったので,どストレートでした。どストレート!ふひゃー。真っ直ぐ心に届く感じ。いいなぁ!
あと,こちらの学校の音響担当の方をTwitterでフォローさせていただいていて,かなり気合いが入っていることは知っていたんです。なのでついついそちらにも神経張り巡らせて聴いてました。
茅野が初日のトリだったんですが,7校観た中で“スピーカー”に一番こだわっていたのは,この学校だろうなと思いました。思い入れあるなし関係なく,冷静に見て。
バーンと正面や前のスピーカーで聴かせて,そのあと奥とか他のところに切り替えるやつ!あれ私が好きなワザなので,(これこれ…☆)と思いました(笑)。上げてからの下げがちょっと極端かなと思ったり,(あれ,もう切っちゃうの…?)と感じる箇所もありましたが,曲を入れるタイミングと上げるタイミングはかなり狙ってたな…と,スタッフワークの本気が伝わってきました。このあたりは,聴いていて気持ちよかったです。
前回観ていて,夜長姫の出はけが気になってました。幕から出てきてから~赤い枠にやってきて~「耳男」,と言うまでに時間がかかっていて,(あ。出てきた出てきた。)というところがかなり感じられたのです。でも(確か)数か所から出入りしているところは神出鬼没感もあって,良いとこ気になるとこ両方…という感じがしていたのです。
今回は,枠のすぐ裏にパネルが登場していて,姫の登場がパパッとしてました!変化!
このパネルをどう使うのかな~と思っていたんですが,出はけは全てそこになってました。時短になってはいるけど,常にそこから出てくるというのがわかってしまうと,ちょっとつまらないかもと思ったり。固定化すると,ある意味安心しちゃうというか。わ,わがままですみません。前回の神出鬼没感は好きだったので…!ちょっと人間離れした雰囲気もどこかで感じられるとさらによかったかもなんて好き放題言っちゃいますスミマセン…。
そうそう。耳男の工具…?なぐりじゃなくて…カンナじゃなくて…ノミ!ノミ!?がなくなったのって…ハプニング,ですよね…?耳男が「ノミ!(ですよね?)ノミ(ですよね?←)がない!」と言いながら探してたのって…素ですよね??多分。あとで出てきて安心しましたが,観ててハラハラしちゃいました。姫の呪いか何かの仕業ですかね…。
一回観て流れがわかっているというのもあったんですが,なぜか(あれ,こんな感じだったっけ…)と途中で感じる自分がいました。県大会で初めて観た時は,耳男がなんだかんだ姫に惚れているというか…愛みたいな感情を持っていることが漂ってきたんですが,今回はアナマロが「惚れてるでしょ」みたいなことを言うまで,そういう雰囲気がしなかったというか感じられなかったのが自分で自分に意外でした。なんだろうか…。構えて観すぎてしまったのだろうか…。
県大会のときから,赤い箱の中での芝居のときにある一定の場所に立つと,枠の影が人の顔にかかって表情が見えない…というストレスを感じていたんですが,今回もそれがあって(ああん!)と感じる瞬間が何度かありました。それも↑に関係しているのだろうか…。でもあの影はどうしたら解消するのだろうか…。ムズカシイ…。
あ。講評のときに言われていた「弥勒」の発音。先程NHKの日本語発音アクセント辞典で調べてみました。それによると,「ミロク」は「 ̄  ̄  ̄」とだけ発音するそうです。県や関東の講評を聞いていて,久々にアクセントの指摘があったので,やっぱり日本語って難しいというところと,お芝居に限らず,それでもきれいに正しく発音したいなと自分に対して思いました。
(長野県はあんまり方言ないって言われますが,イントネーションがふとしたところで標準と違うところがあるんだよなーということも,改めて思い出しました。私も上京してから“半袖”のイントネーションを埼玉の友達に指摘されてびっくりしました。懐かしい思い出…。←“消しゴム”も違う。)
そんでもって…。今回は,南関東の10本と北関東の6本を観てようやく長野県代表にたどりついたので,長野県ってどんな県なんだろうと思いながら観ていました。
まだうまくまとまりませんが,「在るもの」に対して実直なのかな…なんてうっすら思ってます。また残りの2校の感想を書いて,県民性というか特性を自分なりに見つけてみたいななんて思います。
茅野の関東大会初出場。その瞬間を目撃することができて光栄でした。他県のひとの目にはどう映るんだろうと思っていましたが,幕が下りるときの拍手の量や,客電がついてからのザワザワ感からも,やっぱインパクトある舞台なんだわ…と再認しました。
改めて,出場おめでとうございました。そして,お疲れさまでしたー!
Saturday, January 31, 2015
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 群馬県立伊勢崎清明高校演劇部『アナ雪なんてみない』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:モーティマー大佐
出演:群馬県立伊勢崎清明高校演劇部
なんというか…『アナ雪なんてみない』というタイトルと中身の解離っぷりに驚かされたのは私だけじゃないはず…。衝撃的でした…。
今回私は,開演前にパンフレットと速報あんずっこを読んで事前に情報に目を通すようにしていたのですが,南関東大会の山梨県立甲府南高校『秘密の花園』並みに謎のベールに包まれている学校がここでした…。ので,幕が上がって(これはアナ雪なんて単語は絶対に出てこない!)と察した瞬間から,この作品の世界にたゆたうことにしました…。フラフラ。
出ずっぱり!5人ともほぼ,出ずっぱり!
舞台に出演していないときは椅子で待機…というのは,その昔長野県松本美須々ヶ丘高校『血のつながり』で初めて観て,すっごーい!と衝撃を受けていたものでした…。今回も,(あの子達は姿勢崩れたりしないんだろうか…)とちょっとドキドキしながら観ていたのですが,視線や座り方がずっとキープされてて,地の力があるからこそできるんだろうなーと思ったものです。
キャラクターによっては椅子をすーっと下げてから出てきたり。面白かったです。←というかあの椅子高そう…。サラ舞台だからそこでバランス取ってるんだろうなぁ。
話は…すみません!(;▽;)途中からついていけなくなっちゃいました…!
聞こえてくる言葉をつい漢字に変換しようと思って考えて,気づいたら話がちょっと進んでたり。あっ,待って待ってと思ううちに周回遅れになった気分です。
そう。なのでストーリーについては何も言えないのですが,出ずっぱりの役者さんみーんな,力がある方ということはすんごい伝わってきました。声の出がみなさんすごくよくて。女のひとでドス効いてる声とか出せると,(おぉ~)っと圧倒されちゃいます。しかもそれが高校演劇特有の嫌な感じの声じゃなかったので聞きやすかったです。
女の人も役名があるわけじゃないし,衣装は皆さんほぼ一緒だし,どなたがAでどなたがBとかわからないのですが…ちゃんと舞台上では見分けがついたし,セクハラとかではなくご自身の身長や体型を生かしているお芝居だったので,この5人じゃないと出せない世界観なんだろうなーと観ながら感じていました。ボスっぽい感じの方が,個人的に素敵だな~と思いました…。
観る側にかなりの想像力を求めるところは,演劇ならではだなーと改めて再認しました。そして私はまだまだということも改めて実感…。
あえてその地域の特性を扱ったり,脚本に盛り込むあたりは高校演劇だからこそだろうなとも思います。そう見ると教育的な作品でもあるのかな。国定忠治について,私も勉強したいと思います…。
伊勢崎清明のみなさん,お疲れ様でしたー!
作:モーティマー大佐
出演:群馬県立伊勢崎清明高校演劇部
なんというか…『アナ雪なんてみない』というタイトルと中身の解離っぷりに驚かされたのは私だけじゃないはず…。衝撃的でした…。
今回私は,開演前にパンフレットと速報あんずっこを読んで事前に情報に目を通すようにしていたのですが,南関東大会の山梨県立甲府南高校『秘密の花園』並みに謎のベールに包まれている学校がここでした…。ので,幕が上がって(これはアナ雪なんて単語は絶対に出てこない!)と察した瞬間から,この作品の世界にたゆたうことにしました…。フラフラ。
出ずっぱり!5人ともほぼ,出ずっぱり!
舞台に出演していないときは椅子で待機…というのは,その昔長野県松本美須々ヶ丘高校『血のつながり』で初めて観て,すっごーい!と衝撃を受けていたものでした…。今回も,(あの子達は姿勢崩れたりしないんだろうか…)とちょっとドキドキしながら観ていたのですが,視線や座り方がずっとキープされてて,地の力があるからこそできるんだろうなーと思ったものです。
キャラクターによっては椅子をすーっと下げてから出てきたり。面白かったです。←というかあの椅子高そう…。サラ舞台だからそこでバランス取ってるんだろうなぁ。
話は…すみません!(;▽;)途中からついていけなくなっちゃいました…!
聞こえてくる言葉をつい漢字に変換しようと思って考えて,気づいたら話がちょっと進んでたり。あっ,待って待ってと思ううちに周回遅れになった気分です。
そう。なのでストーリーについては何も言えないのですが,出ずっぱりの役者さんみーんな,力がある方ということはすんごい伝わってきました。声の出がみなさんすごくよくて。女のひとでドス効いてる声とか出せると,(おぉ~)っと圧倒されちゃいます。しかもそれが高校演劇特有の嫌な感じの声じゃなかったので聞きやすかったです。
女の人も役名があるわけじゃないし,衣装は皆さんほぼ一緒だし,どなたがAでどなたがBとかわからないのですが…ちゃんと舞台上では見分けがついたし,セクハラとかではなくご自身の身長や体型を生かしているお芝居だったので,この5人じゃないと出せない世界観なんだろうなーと観ながら感じていました。ボスっぽい感じの方が,個人的に素敵だな~と思いました…。
観る側にかなりの想像力を求めるところは,演劇ならではだなーと改めて再認しました。そして私はまだまだということも改めて実感…。
あえてその地域の特性を扱ったり,脚本に盛り込むあたりは高校演劇だからこそだろうなとも思います。そう見ると教育的な作品でもあるのかな。国定忠治について,私も勉強したいと思います…。
伊勢崎清明のみなさん,お疲れ様でしたー!
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 埼玉県立春日部女子高校演劇部『お葬式』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:亀尾佳宏
出演:埼玉県立春日部女子高校演劇部
幕が下りる瞬間,(えっ,ここで終わるの!?もう1時間経ったの!?早ッ!!)と思ったんですが,実際の上演時間は45分程度だったそうです。講評では「急いでましたか?」とか聞かれてましたが,私はテンポの良いお芝居だなーと思って観てました。
埼玉県の高校演劇といえば秩父農工!がつがつ!(笑)というイメージをずっと持っていましたが,今回は繊細なところに出会えたなぁと思いました。
高校生が小学生を演じるのって,結構危険だと思うんです。仮に本人がイケてる!と思っても,周りから見たら痛い場合って十分あると思うんです…(苦笑)。だって15~18歳だもの,顔も体も声も成長しているのだから,限界があるわ…。
しかし!
この『お葬式』に出演されている3人の役者さん,びっくりするくらい小学生に見えるんです!すごーい!!3人ともですよ!すごーーーい!!!声も,おそらく多少作ってはいたかもなんですが,自然に聞けました!すごいーーーーーーーい!!!!!(゜ロ゜)!!
役者と脚本の相性が良い舞台って,こういうもののことを言うんだろうな~と思います。
子どもが「死」を理解するプロセスって奥が深いなぁと思っているんですが,その過程を丁寧に丁寧に描いている作品でした。純粋な部分や無邪気さの中にある残酷性に気づいていないからできることや言えることやわからないことがあるなぁということを改めて実感。小学1年生あたりって,微妙な年頃ですよね。「わかる」狭間の年齢として。
わからないなりにその行為を楽しむ…というか,その行為をなぞろうとする3人が,見ていてとっても愛おしかったです。ぽくぽくちーんとか,「いぇーい」とか。そう。遺影とか…めだかさんがめっちゃ笑顔すぎてよかったです。しかもちゃんと小学生らしいタッチだからとっても好感持てました。笑
トースターのちーんとか,ノンバーバルでの笑いが絶妙で…。間で笑わせるって,かなり高度なワザだし,ちーんって安定した間は難しいんじゃないかと思うんですが…そこは役者さんの技量なんでしょうか。純粋にやられた!って思いました。
ノンバーバルな面ももちろん,せりふも面白いなぁ!と思える脚本でした。「出遅れちゃった」「もう手遅れだよ」とか。あと他にもあったんだけど忘れてしまった。さらっと入れ込んでくるから,うまいなぁ。私,言葉遊びとか好きなので,ワクワクしちゃいました。
でも「人間は殺さなきゃ生きていけない」みたいなせりふはちょっと強烈で,『ひかりごけ』とか野田秀樹の『赤鬼』とか連想しちゃいました。弱肉強食…についても,考えさせられました。
あといいなぁと思ったのは,男の子ふたりの髪型!ツッコミ(と呼んで良いのだろうか)のユウタはかなりのショートカット,ボケ(と呼んで…)のキヨシはちょっとマッシュルームな感じ。性格が髪型からも見えて,わかりやすいし効果的でした!「衣装で夏休み感を…」と講評で言われていたと記憶しているんですが,赤とか青とかハッキリした色があるとよかったのかなー。あ,でも赤は後ろの鳥居とかぶるのか。ムズカシイなぁ。(個人的にTシャツの裾の入れ方が好きでした。いいなぁ。ああいうところ。)
上げた分下がったときのギャップというか,知ってしまった,わかってしまったときのトモコの表情がとても印象的でした。うん。3人の表情がよかったな…。どうしようもできないことに抵抗しようとする姿も,見ていてヒリヒリ…。
この作品名をパッと見た時,(なんでこんなタイトルなんだ…。)(どんな話なんだ…)と思ったんですが,それ以上でも以下でもない作品だなと思ったし,無邪気だから迫ってくる何かがありました。
春女のみなさん,お疲れさまでしたー!
作:亀尾佳宏
出演:埼玉県立春日部女子高校演劇部
幕が下りる瞬間,(えっ,ここで終わるの!?もう1時間経ったの!?早ッ!!)と思ったんですが,実際の上演時間は45分程度だったそうです。講評では「急いでましたか?」とか聞かれてましたが,私はテンポの良いお芝居だなーと思って観てました。
埼玉県の高校演劇といえば秩父農工!がつがつ!(笑)というイメージをずっと持っていましたが,今回は繊細なところに出会えたなぁと思いました。
高校生が小学生を演じるのって,結構危険だと思うんです。仮に本人がイケてる!と思っても,周りから見たら痛い場合って十分あると思うんです…(苦笑)。だって15~18歳だもの,顔も体も声も成長しているのだから,限界があるわ…。
しかし!
この『お葬式』に出演されている3人の役者さん,びっくりするくらい小学生に見えるんです!すごーい!!3人ともですよ!すごーーーい!!!声も,おそらく多少作ってはいたかもなんですが,自然に聞けました!すごいーーーーーーーい!!!!!(゜ロ゜)!!
役者と脚本の相性が良い舞台って,こういうもののことを言うんだろうな~と思います。
子どもが「死」を理解するプロセスって奥が深いなぁと思っているんですが,その過程を丁寧に丁寧に描いている作品でした。純粋な部分や無邪気さの中にある残酷性に気づいていないからできることや言えることやわからないことがあるなぁということを改めて実感。小学1年生あたりって,微妙な年頃ですよね。「わかる」狭間の年齢として。
わからないなりにその行為を楽しむ…というか,その行為をなぞろうとする3人が,見ていてとっても愛おしかったです。ぽくぽくちーんとか,「いぇーい」とか。そう。遺影とか…めだかさんがめっちゃ笑顔すぎてよかったです。しかもちゃんと小学生らしいタッチだからとっても好感持てました。笑
トースターのちーんとか,ノンバーバルでの笑いが絶妙で…。間で笑わせるって,かなり高度なワザだし,ちーんって安定した間は難しいんじゃないかと思うんですが…そこは役者さんの技量なんでしょうか。純粋にやられた!って思いました。
ノンバーバルな面ももちろん,せりふも面白いなぁ!と思える脚本でした。「出遅れちゃった」「もう手遅れだよ」とか。あと他にもあったんだけど忘れてしまった。さらっと入れ込んでくるから,うまいなぁ。私,言葉遊びとか好きなので,ワクワクしちゃいました。
でも「人間は殺さなきゃ生きていけない」みたいなせりふはちょっと強烈で,『ひかりごけ』とか野田秀樹の『赤鬼』とか連想しちゃいました。弱肉強食…についても,考えさせられました。
あといいなぁと思ったのは,男の子ふたりの髪型!ツッコミ(と呼んで良いのだろうか)のユウタはかなりのショートカット,ボケ(と呼んで…)のキヨシはちょっとマッシュルームな感じ。性格が髪型からも見えて,わかりやすいし効果的でした!「衣装で夏休み感を…」と講評で言われていたと記憶しているんですが,赤とか青とかハッキリした色があるとよかったのかなー。あ,でも赤は後ろの鳥居とかぶるのか。ムズカシイなぁ。(個人的にTシャツの裾の入れ方が好きでした。いいなぁ。ああいうところ。)
上げた分下がったときのギャップというか,知ってしまった,わかってしまったときのトモコの表情がとても印象的でした。うん。3人の表情がよかったな…。どうしようもできないことに抵抗しようとする姿も,見ていてヒリヒリ…。
この作品名をパッと見た時,(なんでこんなタイトルなんだ…。)(どんな話なんだ…)と思ったんですが,それ以上でも以下でもない作品だなと思ったし,無邪気だから迫ってくる何かがありました。
春女のみなさん,お疲れさまでしたー!
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 栃木県立栃木高校演劇部『山猫歎異』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:江連泰知
出演:栃木県立栃木高校演劇部
栃高!今回の大会で,私は栃高(トチコウ)という単語を覚えました!笑
そして生まれて初めて男子校のお芝居を観ました。
ふあーーーーー!!!面白かった!愉快というより,奥がふかーいというか,頭の良いひとたちが面白いもの作るって,こういうことなんだ!と実感。体感。
この記事を書くために学校のwebサイトを拝見したのですが,演劇部の文章とか書き方がカチカチっとしてて,意識高い系の学校なんだなということがよくわかりました…。いくら学校が意識高い系でも生徒がそれについてってないところってたまにあると思うんですが(高校に限らず大学とか。あくまで私見。),webサイトの文章以上にアタマが切れて,柔軟な印象を舞台から受けました。
よくこのホンを生徒さんが書き上げたなーとか,
すんごい楽しそうに演じてたなーとか,
男ばっかって圧巻だなーとか,
ざっくり言うとそんなことを思いました(笑)。
作・演出が同じ方で(今回は助演ですが),しかもキャスト一覧の一番上にも同じ名前が書いてあると,その人はすごいどやどやした感じなんじゃないかと勝手に思ってしまうのですが,そんなことなく…。作品の中ではキーパーソンだけど,舞台をメインで回すひとではないので良いポジションで稽古されていたんだろうなーと勝手に想像しています。長塚圭史演出の『浮漂』に出てくる,医者役の長塚圭史みたいな感じ…。(わかりにくい!)←ほめてます!
私はまともに勉強してこなかった世界史選択のニンゲンなので,日本史の詳しいところとかは全然だめなのです。先日観た『プリンセストヨトミ』もちんぷんかんぷんで終わってしまったので歴史の部分については触れられないのですが,真実はどうであれ残るものが正義なのかなとか,どんなに信じたいものでも大きな時代の波に呑まれてなかったことのようになっちゃうのかなとか,抗えなさに対する虚しさ…みたいなものを感じました。
それから,いくつ時代を超えても,私達には何をどうしてもわかりあえないものがあるんだろうなと,しみじみ思いました。このお芝居を観ていたときの世界情勢のことを思いました。
なんといっても演出が愉快でした!
兜!兜…!(笑)シュールなのに演技が本気だから,そのギャップがたまらなかったです。
山猫を運ぶのが車いすじゃなくて荷物運ぶアレだったり,集会場所に集まるための変装が紙袋だったり。私達に見えているものと登場人物の感じている質感の差が,心地よかったです。中途半端なチープさって見ていて残念だけど,本気のチープをちゃんと使い倒すと面白い!(何度も言いますがほめています!)
あと,効果音がちゃんと効果音として使われているから,サラ舞台でも場や空気感が見えました。お城に大砲が撃ち込まれたときの揺れとか。たまらんかったです。笑
照明の絞り方もピンポイントで狙っていて,そこにドンピシャリで当たっているから観ていて気持ちがよかったです。下手にいる山猫に,上手からピーンと射してるやつとか。(おぉぉ~っ!)と思いました…!
そうそう。淀君といえば,私の中で大河ドラマの『江』に出てくる宮沢りえのイメージがあったのです。
な・の・に!
あんなしわくちゃでヨボヨボなひとが宮沢りえだなんてーっ!ヽ(;▽;)ノプチショックでした。笑
瀬戸口先生も講評で仰っていましたが,少しで良いので華がほしかったです…。笑
高校生の本気っていろんな形で表現できると思いますが,この作品を作ろうと思った作者さん,支持した部員のみなさんの底力というのか…モチベーションに,本当に刺激を受けました。男子高生の本気を堪能できた1時間でした!
栃高のみなさん,お疲れ様でしたー!
作:江連泰知
出演:栃木県立栃木高校演劇部
栃高!今回の大会で,私は栃高(トチコウ)という単語を覚えました!笑
そして生まれて初めて男子校のお芝居を観ました。
ふあーーーーー!!!面白かった!愉快というより,奥がふかーいというか,頭の良いひとたちが面白いもの作るって,こういうことなんだ!と実感。体感。
この記事を書くために学校のwebサイトを拝見したのですが,演劇部の文章とか書き方がカチカチっとしてて,意識高い系の学校なんだなということがよくわかりました…。いくら学校が意識高い系でも生徒がそれについてってないところってたまにあると思うんですが(高校に限らず大学とか。あくまで私見。),webサイトの文章以上にアタマが切れて,柔軟な印象を舞台から受けました。
よくこのホンを生徒さんが書き上げたなーとか,
すんごい楽しそうに演じてたなーとか,
男ばっかって圧巻だなーとか,
ざっくり言うとそんなことを思いました(笑)。
作・演出が同じ方で(今回は助演ですが),しかもキャスト一覧の一番上にも同じ名前が書いてあると,その人はすごいどやどやした感じなんじゃないかと勝手に思ってしまうのですが,そんなことなく…。作品の中ではキーパーソンだけど,舞台をメインで回すひとではないので良いポジションで稽古されていたんだろうなーと勝手に想像しています。長塚圭史演出の『浮漂』に出てくる,医者役の長塚圭史みたいな感じ…。(わかりにくい!)←ほめてます!
私はまともに勉強してこなかった世界史選択のニンゲンなので,日本史の詳しいところとかは全然だめなのです。先日観た『プリンセストヨトミ』もちんぷんかんぷんで終わってしまったので歴史の部分については触れられないのですが,真実はどうであれ残るものが正義なのかなとか,どんなに信じたいものでも大きな時代の波に呑まれてなかったことのようになっちゃうのかなとか,抗えなさに対する虚しさ…みたいなものを感じました。
それから,いくつ時代を超えても,私達には何をどうしてもわかりあえないものがあるんだろうなと,しみじみ思いました。このお芝居を観ていたときの世界情勢のことを思いました。
なんといっても演出が愉快でした!
兜!兜…!(笑)シュールなのに演技が本気だから,そのギャップがたまらなかったです。
山猫を運ぶのが車いすじゃなくて荷物運ぶアレだったり,集会場所に集まるための変装が紙袋だったり。私達に見えているものと登場人物の感じている質感の差が,心地よかったです。中途半端なチープさって見ていて残念だけど,本気のチープをちゃんと使い倒すと面白い!(何度も言いますがほめています!)
あと,効果音がちゃんと効果音として使われているから,サラ舞台でも場や空気感が見えました。お城に大砲が撃ち込まれたときの揺れとか。たまらんかったです。笑
照明の絞り方もピンポイントで狙っていて,そこにドンピシャリで当たっているから観ていて気持ちがよかったです。下手にいる山猫に,上手からピーンと射してるやつとか。(おぉぉ~っ!)と思いました…!
そうそう。淀君といえば,私の中で大河ドラマの『江』に出てくる宮沢りえのイメージがあったのです。
な・の・に!
あんなしわくちゃでヨボヨボなひとが宮沢りえだなんてーっ!ヽ(;▽;)ノプチショックでした。笑
瀬戸口先生も講評で仰っていましたが,少しで良いので華がほしかったです…。笑
高校生の本気っていろんな形で表現できると思いますが,この作品を作ろうと思った作者さん,支持した部員のみなさんの底力というのか…モチベーションに,本当に刺激を受けました。男子高生の本気を堪能できた1時間でした!
栃高のみなさん,お疲れ様でしたー!
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 新潟県立見附高校演劇部『CUT! & START!』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:関勝一
潤色:鶴巻昌洋
出演:新潟県立見附高校演劇部
新潟県の高校のお芝居を観るのも10年ぶりです。
長野県からしたらお隣の県なのだけど,以前りゅーとぴあに行ったときにゆるやかな流れの信濃川を見て,(あぁ海のある場所なんだなぁ)と思ったし,新潟市は気づいたら政令指定都市になってたし,似ているような,でも全然似ていないような。山梨県と一緒に“甲信越”とは呼ばれるけど,違う文化のある街だなーとしみじみ思ったものです。
さて,そんな新潟県のお芝居。
な,なんていうかここの学校…大量の1年生とちょっぴりの3年生しかいない!
私も高校生のときは一つ下の学年がすごく少なくて,いろいろ苦労したのです。直属の後輩ができなかったし,やっとできた二つ下の後輩に,いきなりぎゅーぎゅーといろいろ詰め込んで,かなり負荷をかけてしまった覚えがあります。とにかく学年が一個飛ぶって,かなり大ダメージだと思うのです。
いろいろプロセスはあるだろうけど,結果として県を勝ち抜いてここまで来られたのがすごいなーと!きっと3年生の皆さんは,ご自身の進路決定と部活をなんとか両立されてきたのだろうなぁ。お疲れ様です…。
幕が開いて,ぱっと目に入ったのは,上手の,スクリーン替わりのパネル(?)です。私,南関東大会から「現代はパソコンやプロジェクターを舞台に登場させる時代になったんですね」と言ってばかりですが,この学校もやはり使用されていて,時代の波に乗ってるな…と思いました(笑)
現代のユカとナツキが懐かしみながら,高校生当時のキラキラした時間や苦い出来事を思い返すお話だと思うんですが,私も内山先生の講評のように,もっとキラッキラしてて良いだろうなーと思いました。私自身が高校を卒業して結構…そう,結構経つんですが…(笑),思い出したくない嫌なこともありますが,それでも楽しかった思い出の方が多いので,同じ部活のひとと話すとテンションが高くなるし話し方も高校生のときのように戻ります。もう二度と戻らない時間をなぞる感じ。思い出したあと現実に引き戻される瞬間もあるけれど,思い出している最中は,キラキラを追えるのです。
だから現代のユカとナツキが話をしていると,(タカコちゃんはその後自殺か何かしたのだろうか…)と思ってしまいました。そのきっかけを作っちゃったのがうちらなのかな…みたいなテンション…!あれ。そういう話じゃないですよね…!?(ちょっと不安)
それにしてもタカコちゃんはなぜ特撮ものが好きな女子だったんだろう…。いややっぱり,結構覚悟がいると思うんですよね,(キャストとしての)女子が地底人になりきるって。知りたい気もしたけど,そこは本筋じゃないのでいっかとも思います。
“自分がされて嬉しいことは相手にとっても嬉しいこと。だから他人にもしてあげよう”という考えは,小学校とかそういう場でよく取り上げられる考え方だと思いますが,それって結構親切の押し売りだったりするんですよね。逆に,“自分がされて嬉しいことが相手にとって嬉しいこととは限らない。だから自分がされて嫌なことは,相手にしないであげましょう”みたいに言われたりもする。私は昔は前者として生きてきた気がするけど,今は後者だなーと思います。
このお芝居はおそらく前者によるすれ違いでこじれてしまった人間関係の話で,高校生のときの苦いことも今の仕事の苦いことも,どっちも思い込みによるものだった…というちょっと切ないお話…。
難しいよね。「相手の立場に立って考える」って。“事象”って目に見えるから,見えないもののことはよくわからない。だから「部活に来られるんなら,授業にも出られるでしょ」と安易に思ってしまうのも,ある意味仕方ないというか。やっとの思いで制服を着て,やっとの思いで学校で上履きに履き替えて,やっとの思いで部室にたどり着いて今ここにいたとしても,そのプロセスを想像できずに起こっている事象だけに目をやっていては,きっと私達はわかりあえない。大切なのは,今起きていることの連続体として,どういうことが「今ここ」とつながっているかに思いを馳せることなんだろうなと思います。
そんなことをじんわり伝えてくる話だったように感じます。
それから,私も舞台セットはもう少し工夫の余地があったんじゃないかと思います。パソコン画面の投映に上手の壁を使っていますよね。パソコン画面が重要かと言われたら超!重要という訳ではないので,必ずしも全ての客席から見える必要はないとは思うのですが,でも映す以上ある程度見たいと思うと思うのです。お客さんとしては。でも本当に上手のきわっきわに座っちゃうと,きっと見られなかったんじゃ。投映するや角度は,もう少し改良できそう。
あと,内山先生の講評を聞いていて私のもやっと感が解消できたので書いておきます。上手のあのエリアが(投映も含めて)なんだかすっきりしていないなーと思ったのですが,現代の2人が上から下に降りてくるときに奥にいっちゃうからなのかーってわかりました。そうだよね。物理的距離は心理的な距離でもあるから,前に出てきて,2人が現代のニンゲンであるっていうことを実感できると良いのか…と感じました。
私も同じ過ちを繰り返すと,(なんて成長していないんだ自分…ヽ(;▽;)ノ)と思い大変かなしくなります。「同じ過ち」の間隔が開いててもそうでなくても。やり直しはできなくても,仕切り直しはできる。切なくなることを思い出すことによって,切り替えることはできる。
前向きに生きようなんて思わないし思わなくていいけど,抱えて生きることは大切なんだろうなと思わされた作品でした。
見附高校のみなさん,お疲れ様でしたー。
作:関勝一
潤色:鶴巻昌洋
出演:新潟県立見附高校演劇部
新潟県の高校のお芝居を観るのも10年ぶりです。
長野県からしたらお隣の県なのだけど,以前りゅーとぴあに行ったときにゆるやかな流れの信濃川を見て,(あぁ海のある場所なんだなぁ)と思ったし,新潟市は気づいたら政令指定都市になってたし,似ているような,でも全然似ていないような。山梨県と一緒に“甲信越”とは呼ばれるけど,違う文化のある街だなーとしみじみ思ったものです。
さて,そんな新潟県のお芝居。
な,なんていうかここの学校…大量の1年生とちょっぴりの3年生しかいない!
私も高校生のときは一つ下の学年がすごく少なくて,いろいろ苦労したのです。直属の後輩ができなかったし,やっとできた二つ下の後輩に,いきなりぎゅーぎゅーといろいろ詰め込んで,かなり負荷をかけてしまった覚えがあります。とにかく学年が一個飛ぶって,かなり大ダメージだと思うのです。
いろいろプロセスはあるだろうけど,結果として県を勝ち抜いてここまで来られたのがすごいなーと!きっと3年生の皆さんは,ご自身の進路決定と部活をなんとか両立されてきたのだろうなぁ。お疲れ様です…。
幕が開いて,ぱっと目に入ったのは,上手の,スクリーン替わりのパネル(?)です。私,南関東大会から「現代はパソコンやプロジェクターを舞台に登場させる時代になったんですね」と言ってばかりですが,この学校もやはり使用されていて,時代の波に乗ってるな…と思いました(笑)
現代のユカとナツキが懐かしみながら,高校生当時のキラキラした時間や苦い出来事を思い返すお話だと思うんですが,私も内山先生の講評のように,もっとキラッキラしてて良いだろうなーと思いました。私自身が高校を卒業して結構…そう,結構経つんですが…(笑),思い出したくない嫌なこともありますが,それでも楽しかった思い出の方が多いので,同じ部活のひとと話すとテンションが高くなるし話し方も高校生のときのように戻ります。もう二度と戻らない時間をなぞる感じ。思い出したあと現実に引き戻される瞬間もあるけれど,思い出している最中は,キラキラを追えるのです。
だから現代のユカとナツキが話をしていると,(タカコちゃんはその後自殺か何かしたのだろうか…)と思ってしまいました。そのきっかけを作っちゃったのがうちらなのかな…みたいなテンション…!あれ。そういう話じゃないですよね…!?(ちょっと不安)
それにしてもタカコちゃんはなぜ特撮ものが好きな女子だったんだろう…。いややっぱり,結構覚悟がいると思うんですよね,(キャストとしての)女子が地底人になりきるって。知りたい気もしたけど,そこは本筋じゃないのでいっかとも思います。
“自分がされて嬉しいことは相手にとっても嬉しいこと。だから他人にもしてあげよう”という考えは,小学校とかそういう場でよく取り上げられる考え方だと思いますが,それって結構親切の押し売りだったりするんですよね。逆に,“自分がされて嬉しいことが相手にとって嬉しいこととは限らない。だから自分がされて嫌なことは,相手にしないであげましょう”みたいに言われたりもする。私は昔は前者として生きてきた気がするけど,今は後者だなーと思います。
このお芝居はおそらく前者によるすれ違いでこじれてしまった人間関係の話で,高校生のときの苦いことも今の仕事の苦いことも,どっちも思い込みによるものだった…というちょっと切ないお話…。
難しいよね。「相手の立場に立って考える」って。“事象”って目に見えるから,見えないもののことはよくわからない。だから「部活に来られるんなら,授業にも出られるでしょ」と安易に思ってしまうのも,ある意味仕方ないというか。やっとの思いで制服を着て,やっとの思いで学校で上履きに履き替えて,やっとの思いで部室にたどり着いて今ここにいたとしても,そのプロセスを想像できずに起こっている事象だけに目をやっていては,きっと私達はわかりあえない。大切なのは,今起きていることの連続体として,どういうことが「今ここ」とつながっているかに思いを馳せることなんだろうなと思います。
そんなことをじんわり伝えてくる話だったように感じます。
それから,私も舞台セットはもう少し工夫の余地があったんじゃないかと思います。パソコン画面の投映に上手の壁を使っていますよね。パソコン画面が重要かと言われたら超!重要という訳ではないので,必ずしも全ての客席から見える必要はないとは思うのですが,でも映す以上ある程度見たいと思うと思うのです。お客さんとしては。でも本当に上手のきわっきわに座っちゃうと,きっと見られなかったんじゃ。投映するや角度は,もう少し改良できそう。
あと,内山先生の講評を聞いていて私のもやっと感が解消できたので書いておきます。上手のあのエリアが(投映も含めて)なんだかすっきりしていないなーと思ったのですが,現代の2人が上から下に降りてくるときに奥にいっちゃうからなのかーってわかりました。そうだよね。物理的距離は心理的な距離でもあるから,前に出てきて,2人が現代のニンゲンであるっていうことを実感できると良いのか…と感じました。
私も同じ過ちを繰り返すと,(なんて成長していないんだ自分…ヽ(;▽;)ノ)と思い大変かなしくなります。「同じ過ち」の間隔が開いててもそうでなくても。やり直しはできなくても,仕切り直しはできる。切なくなることを思い出すことによって,切り替えることはできる。
前向きに生きようなんて思わないし思わなくていいけど,抱えて生きることは大切なんだろうなと思わされた作品でした。
見附高校のみなさん,お疲れ様でしたー。
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 群馬県立前橋南高校演劇部『Act@gawa.jp』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:吉田藍
出演:群馬県立前橋南高校演劇部
この作品を観終わって,大和ハウスのCMを思い出しました。深津絵里と,リリーフランキーが出てるやつ。
埼玉の秩父農工もそうだったのだけど,この作品もまた2010年代っぽーいというか,2010年代ならではの作品だったなぁと思います。
「言葉の向こうに人はいない」とどうして安田くんははっきりと言えるんだろう。
誰の知識と経験なんだろう。経験を伴わず知識だけで生きているなら,安田くんはなんて薄っぺらいんだと思いました。
だけど,“安田くん”のようなひとは現代にいっぱいいるんだと思います。インターネットやSNSから流れてくる情報の波をすくって,まるで経験したかのように知識として蓄えている何かを持ってる人なんて,現代にいっぱいいるんだと思います。
私もきっとその中の一人なんだろうと思います。それでも私が小学生のときには交換日記が普通にあったし,中学生のときに友達と連絡取り合うのにはパソコンでMSNメッセンジャーを使ってた。iモードのメールは一通につき全角256文字しか送れなかった。知らないひとから何かが届くなんてまずない時代から,“ラセン”のように相手の顔が見えない謎の誰かからメッセージが届く時代を生きてきた。だから,初めて携帯…というかスマホを手にした中高生は,何を信じて言葉を受け取り,何を期待して言葉を紡ぐのだろうと思うことはあります。
そういう意味で,言葉と向き合う高校生を「今」扱うことに,意義があるのだろうなと思います。
ただ!すみません!
途中から私の心,離れちゃいました。この作品から。
鬼山さんの独白?とにかく鬼山さんと高岸さんの関係あたりが明らかになるシーンあたりでうまくせりふが聞き取れず,(えっ,ちょっとどーいうこと…?)と足踏みしているうちにお話がトントコ進んでしまい,離れていってしまったのでした…。スミマセン。あと,芥川もあんまり詳しくないので,(あ,ここのシーンはあの作品だ!)みたいになれなくて,自分の教養の狭さを呪いました。きっとわかるひとには面白い話なんだろうなぁ。うううーん。無念。
主人公の白井くん,なんだか見ようによっては,ただ高岸さんに振り回されてしまっただけに見えなくもない…と思うのですが,それは私が話をわかってないっていうことなんでしょうか…。逆に言えば,高岸さんは白井くんを振り回して振り回してやっぱり大切なひとはこのひとだったわ,ってことに気づけたのかな。でもどのみち白井くんちょっとかわいそうだ…。二人が最後に直接会ったのは結構最初の方で終わってしまうのだけど,すれ違い続けることに意味があったのかな?なんて考えてます。
きっと高岸さん的には,ふわふわして自分でもコントロールできてないところをしっかりつかんでくれたのは鬼山さんなのかもしれないけど,白井くんの役割とは…って考えちゃう感じ。
そうそう。白子の使い方が面白いなーって思って観てました。増えたり減ったり見守ったり。登場している人物の,とある側面という感じがして,舞台上に複数の次元が成立していた気がします。そしてすりすりの摺り足,良いですね。きっとかなり稽古されたのでしょうね。
白子達の移動が基本すりすりなので,業平がセンターの高い箱からドンッと着地するときは逆にかなり目立って,良い効果だなーとも思ってました。
安田くんが,観ていてお気に入りです…(笑)。なんだあのおいしいポジション…。テンポよくてコミカルで,思わず目がいっちゃいました。白井くんとはベクトルや物の見方が全く違って,良い味出してました。
あと一番まともなのは,辻さんなのかもしれない。何を考えているかわからない友達でも,とりあえず表面上は友達をやっている人は大勢いると思うので。わからないものに不信感を持つのは当然だし,今どきの「友達」や「友情」ってどんなもんなのかを垣間見ることが観れた感じがします。
何を隠そうタイトルが好きです。@の前が“Act”になるあたりも,演劇やってるひとたちからしたら(おぉ~!)ってなりますよね。タイトルからも現代性を感じられて良かったです。
見えないものや実態のないものを掴むこと・信じることは,特に現代はなかなか難しい時代だと思うので,あえて逆走しようとする白井くんにハッとさせられました。
前橋南のみなさん,お疲れ様でしたー。
作:吉田藍
出演:群馬県立前橋南高校演劇部
この作品を観終わって,大和ハウスのCMを思い出しました。深津絵里と,リリーフランキーが出てるやつ。
「言葉にしなくて伝わるの。」
『言葉は万能じゃない。』
そんなせりふを。(ちなみにCMはコレ↓)
埼玉の秩父農工もそうだったのだけど,この作品もまた2010年代っぽーいというか,2010年代ならではの作品だったなぁと思います。
「言葉の向こうに人はいない」とどうして安田くんははっきりと言えるんだろう。
誰の知識と経験なんだろう。経験を伴わず知識だけで生きているなら,安田くんはなんて薄っぺらいんだと思いました。
だけど,“安田くん”のようなひとは現代にいっぱいいるんだと思います。インターネットやSNSから流れてくる情報の波をすくって,まるで経験したかのように知識として蓄えている何かを持ってる人なんて,現代にいっぱいいるんだと思います。
私もきっとその中の一人なんだろうと思います。それでも私が小学生のときには交換日記が普通にあったし,中学生のときに友達と連絡取り合うのにはパソコンでMSNメッセンジャーを使ってた。iモードのメールは一通につき全角256文字しか送れなかった。知らないひとから何かが届くなんてまずない時代から,“ラセン”のように相手の顔が見えない謎の誰かからメッセージが届く時代を生きてきた。だから,初めて携帯…というかスマホを手にした中高生は,何を信じて言葉を受け取り,何を期待して言葉を紡ぐのだろうと思うことはあります。
そういう意味で,言葉と向き合う高校生を「今」扱うことに,意義があるのだろうなと思います。
ただ!すみません!
途中から私の心,離れちゃいました。この作品から。
鬼山さんの独白?とにかく鬼山さんと高岸さんの関係あたりが明らかになるシーンあたりでうまくせりふが聞き取れず,(えっ,ちょっとどーいうこと…?)と足踏みしているうちにお話がトントコ進んでしまい,離れていってしまったのでした…。スミマセン。あと,芥川もあんまり詳しくないので,(あ,ここのシーンはあの作品だ!)みたいになれなくて,自分の教養の狭さを呪いました。きっとわかるひとには面白い話なんだろうなぁ。うううーん。無念。
主人公の白井くん,なんだか見ようによっては,ただ高岸さんに振り回されてしまっただけに見えなくもない…と思うのですが,それは私が話をわかってないっていうことなんでしょうか…。逆に言えば,高岸さんは白井くんを振り回して振り回してやっぱり大切なひとはこのひとだったわ,ってことに気づけたのかな。でもどのみち白井くんちょっとかわいそうだ…。二人が最後に直接会ったのは結構最初の方で終わってしまうのだけど,すれ違い続けることに意味があったのかな?なんて考えてます。
きっと高岸さん的には,ふわふわして自分でもコントロールできてないところをしっかりつかんでくれたのは鬼山さんなのかもしれないけど,白井くんの役割とは…って考えちゃう感じ。
そうそう。白子の使い方が面白いなーって思って観てました。増えたり減ったり見守ったり。登場している人物の,とある側面という感じがして,舞台上に複数の次元が成立していた気がします。そしてすりすりの摺り足,良いですね。きっとかなり稽古されたのでしょうね。
白子達の移動が基本すりすりなので,業平がセンターの高い箱からドンッと着地するときは逆にかなり目立って,良い効果だなーとも思ってました。
安田くんが,観ていてお気に入りです…(笑)。なんだあのおいしいポジション…。テンポよくてコミカルで,思わず目がいっちゃいました。白井くんとはベクトルや物の見方が全く違って,良い味出してました。
あと一番まともなのは,辻さんなのかもしれない。何を考えているかわからない友達でも,とりあえず表面上は友達をやっている人は大勢いると思うので。わからないものに不信感を持つのは当然だし,今どきの「友達」や「友情」ってどんなもんなのかを垣間見ることが観れた感じがします。
何を隠そうタイトルが好きです。@の前が“Act”になるあたりも,演劇やってるひとたちからしたら(おぉ~!)ってなりますよね。タイトルからも現代性を感じられて良かったです。
見えないものや実態のないものを掴むこと・信じることは,特に現代はなかなか難しい時代だと思うので,あえて逆走しようとする白井くんにハッとさせられました。
前橋南のみなさん,お疲れ様でしたー。
第50回関東高等学校演劇研究大会(千曲会場) 埼玉県立秩父農工科学高校演劇部『D-パラダイム』
@千曲市更埴文化会館あんずホール
作:コイケユタカ
出演:埼玉県立秩父農工科学高校演劇部
やってきました千曲市。
北の関東大会をがっつり観るのは10年ぶり。
秩父農工のお芝居を観るのも10年ぶり!!!
そしてスミマセン…。(-ω-)
私,この年まで秩父農工って私立なんだと思ってました…。だって今も昔も部員の皆さんが60人もいるんだもの…。パンフレット開いて「埼玉県立」って書いてあって,(アレ?)って思いました。10年目の真実…!
この記事を書くにあたり,「演劇部」なのか「演劇クラブ」なのか,はたまた長野県のはじっこのように「演劇班」なのかを調べるべく,学校のwebサイトや演劇部のブログなどを拝見しました。そしたら知ってしまった。
…え。専用の劇場が建ってるですって…?
本当に公立なのか疑わしくなりました。笑
長野県出身のニンゲンからしたら,埼玉はどこであってもやはり都会なのです…。次元が違うのです…。すごいな埼玉…!
あと,コイケユタカ先生も10年前に塩尻にいらしているではありませんか…。関東大会に出場するという意味で,10年間一定のクオリティを保ち続けていると思うと,すごい方だなーとしみじみ思いました。
もちろんそれは部活にも言えることで,顧問の先生の異動や部員の入れ替わりに左右されることなく,学校としてクオリティを保っていることが本当にすごいなと思いました。10年経てば部員なんて3巡するし,同じ名前の違う学校になって当然なのに。でも秩父農工は違う。公立だから余計にすごいなーって。安定してるなーって感じました。
はい。作品の中身に触れたいと思います。
ラストのラストで,赤い照明で,10年前に観た秩父農工の『なにげ』を思い出しました。あの,赤い靴の女の子がだーーーーっていっぱいいて,こっちに振り向いてくるあのシーン。もう『なにげ』がどんな話だったか全然覚えていないんですが,あのシーンが強烈なインパクトを放ってて,ずっと心に残ってるんです。(あと全身白タイツでメガネ?のお兄さんが下手のすごく高い場所から飛び降りてきたことと,布でできた舞台セットも覚えている。ピンポイントすぎ。笑)
そう。ともかくそこを思い出したのです。最後の最後にそうくるか!っていうところを。もちろん作者の方は違うのですが,(秩父農工らしい舞台だ!)と瞬間的に感じました。
幕が開いてぱっと目を引いたのは,赤いじゅうたんの八百屋。
「魅せる!」という意識がビシビシ伝わってきました。でかいし。さすが秩父農工だなーって,これもまた一瞬で思いました。笑
あと,舞台セットですごーいと思ったのは,奥の壁状のもの!上から下までベルトみたいな平らなひもみたいなものが何本も張ってあるんですが,何もしなければそれはパネルみたいに見えるし,そこへ突入すればみょーんと出入りすることもできる!パパっと効率よく出はけするにはとっても良い仕組み!面白い構造…!
そしてまんまと騙されたというか…,うん,騙されましたよね。トラックが開くまで,私もそこにいるのはニンゲンだと思っていました。うまいなぁ。最初に扉が開いたときのわんわんキャンキャンぶりが必死で,とてもよかった!ここから目の前にいる彼・彼女達は,心のイメージだということがすとんと落ちてきました。
(でもよく見たら,ちゃんとパンフレットに“いぬ”って書いてあるよね。はるかぜちゃん語じゃなくて,“いぬ”って。笑)
やっぱり当て書きだからだと思うんですけど,キャラクターがとっても立ってました…。
チャラチャラなLEOとかマッチョなビリーとか(役名が合ってるか不安だ),アキバ系なすばるとか。男性陣が特に良かったなぁ。小次郎は,擦れた役の窪田正孝くんのようでした…。(ほめてる)
やっぱり母数の規模が違うな…と,観ながら思いました。良い意味で,見せつけられているという感じ。笑
両親の選んだ道に抗えないつぐみ。つぐみの進む道に抗えないサクラ。
そうしなきゃいけないレールの上で,純粋につぐみが迎えに来ることを待っているサクラが,愛おしくて愛おしくてたまりませんでした。サクラに限らず,他の子達もそう。信じたいという純粋な気持ちが強くて,ヒリヒリしました。観ていてつらかったです。
きっとつぐみも純粋に会いたいと思っただろうし,ずっと一緒にいたいと思っただろうな。だって家族なんだから。だけどそれに直面したらつらすぎて苦しすぎて,現実にぶちのめされてしまうから,つぐみが生き延びる手段として選んだのは「忘れること」だったんだろうなと思います。蓋をして,感じないようにして,麻痺していく。忘れていく。それは残酷なことなのかもしれないけど,そうしなければ生き延びられない時代になっているのかもしれない。何を信じたいのか,何を信じられるのか,何を信じているのか,よくわからん時代になっているのかもしれない。
一瞬(あ。)と思ったのが,ビリー(で,良いですよね…!?青い服の筋肉のひと!笑)がヒトラーのあの象徴的なポーズを取っていたところ。どさくさに紛れて…じゃないですけど,その前の流れからそそっとごくごく自然に入れ込んできたので,怖いなと思いました。隙間を狙ってサッと挟んでくる。その入れ方そのものがそれらしくて…うん,一瞬背筋が凍りました。民主主義も使い方によっては恐ろしい凶器になり得るということを感じました。最後ガス室(トラック)に閉じ込めて…というところも,ぞぞぞってなりました。犬達の神経が徐々にやられていくあたりとか。民主主義の極端なところを想像させられました。
(民主主義といえば,椎名林檎の「NIPPON」も若干そういうの意識して作ってると思うので,その曲のセレクトは良かったなーなんて思います。そういえばAKB48の「ヘビーローテーション」も,ある意味超民主主義というか,ファンという名の民意を反映してる作品ですよね。秀逸ー!)
あとあと,秩父農工が都会☆って思った部分と言えば,若干の下ネタをさらっと入れてくるあたりとか,作○学院と合コンしちゃうってせりふで言ってるあたり。度胸というか…いい意味で怖いもの知らずで良いなって思いました(笑)。他校の名前って,自分達の立ち位置がわかってこそ使えるものだと思うので,これでこそ関東ですね…!
この感想をカタカタと打っていて,『D-パラダイム』の“D”って何かなーと思っています。
Dから始まる単語なんて山ほどあるしな。
ドラマ?ドメスティック?ダブルバインド?あ,“どこに向かってるの”の“D”かな。
(2015.2.6追記…ひらめきました!DemocracyのD!ではないかと!思うのですが!どうなんでしょう!)
「どこに向かってるのかな?」「知らなーい」
なんとも強烈なせりふ。最後のせりふ。
2010年代の高校生だから出てくる,得体の知れない未来を探っているような,ただただ傍観しているような,そんな作品だったと思います。
初日の朝イチでしたが,一気に秩父農工の色に染まりました。やっぱり力がある学校はやってくれますね。秩父農工のみなさん,お疲れさまでしたー。
作:コイケユタカ
出演:埼玉県立秩父農工科学高校演劇部
やってきました千曲市。
北の関東大会をがっつり観るのは10年ぶり。
秩父農工のお芝居を観るのも10年ぶり!!!
そしてスミマセン…。(-ω-)
私,この年まで秩父農工って私立なんだと思ってました…。だって今も昔も部員の皆さんが60人もいるんだもの…。パンフレット開いて「埼玉県立」って書いてあって,(アレ?)って思いました。10年目の真実…!
この記事を書くにあたり,「演劇部」なのか「演劇クラブ」なのか,はたまた長野県のはじっこのように「演劇班」なのかを調べるべく,学校のwebサイトや演劇部のブログなどを拝見しました。そしたら知ってしまった。
…え。専用の劇場が建ってるですって…?
本当に公立なのか疑わしくなりました。笑
長野県出身のニンゲンからしたら,埼玉はどこであってもやはり都会なのです…。次元が違うのです…。すごいな埼玉…!
あと,コイケユタカ先生も10年前に塩尻にいらしているではありませんか…。関東大会に出場するという意味で,10年間一定のクオリティを保ち続けていると思うと,すごい方だなーとしみじみ思いました。
もちろんそれは部活にも言えることで,顧問の先生の異動や部員の入れ替わりに左右されることなく,学校としてクオリティを保っていることが本当にすごいなと思いました。10年経てば部員なんて3巡するし,同じ名前の違う学校になって当然なのに。でも秩父農工は違う。公立だから余計にすごいなーって。安定してるなーって感じました。
はい。作品の中身に触れたいと思います。
ラストのラストで,赤い照明で,10年前に観た秩父農工の『なにげ』を思い出しました。あの,赤い靴の女の子がだーーーーっていっぱいいて,こっちに振り向いてくるあのシーン。もう『なにげ』がどんな話だったか全然覚えていないんですが,あのシーンが強烈なインパクトを放ってて,ずっと心に残ってるんです。(あと全身白タイツでメガネ?のお兄さんが下手のすごく高い場所から飛び降りてきたことと,布でできた舞台セットも覚えている。ピンポイントすぎ。笑)
そう。ともかくそこを思い出したのです。最後の最後にそうくるか!っていうところを。もちろん作者の方は違うのですが,(秩父農工らしい舞台だ!)と瞬間的に感じました。
幕が開いてぱっと目を引いたのは,赤いじゅうたんの八百屋。
「魅せる!」という意識がビシビシ伝わってきました。でかいし。さすが秩父農工だなーって,これもまた一瞬で思いました。笑
あと,舞台セットですごーいと思ったのは,奥の壁状のもの!上から下までベルトみたいな平らなひもみたいなものが何本も張ってあるんですが,何もしなければそれはパネルみたいに見えるし,そこへ突入すればみょーんと出入りすることもできる!パパっと効率よく出はけするにはとっても良い仕組み!面白い構造…!
そしてまんまと騙されたというか…,うん,騙されましたよね。トラックが開くまで,私もそこにいるのはニンゲンだと思っていました。うまいなぁ。最初に扉が開いたときのわんわんキャンキャンぶりが必死で,とてもよかった!ここから目の前にいる彼・彼女達は,心のイメージだということがすとんと落ちてきました。
(でもよく見たら,ちゃんとパンフレットに“いぬ”って書いてあるよね。はるかぜちゃん語じゃなくて,“いぬ”って。笑)
やっぱり当て書きだからだと思うんですけど,キャラクターがとっても立ってました…。
チャラチャラなLEOとかマッチョなビリーとか(役名が合ってるか不安だ),アキバ系なすばるとか。男性陣が特に良かったなぁ。小次郎は,擦れた役の窪田正孝くんのようでした…。(ほめてる)
やっぱり母数の規模が違うな…と,観ながら思いました。良い意味で,見せつけられているという感じ。笑
両親の選んだ道に抗えないつぐみ。つぐみの進む道に抗えないサクラ。
そうしなきゃいけないレールの上で,純粋につぐみが迎えに来ることを待っているサクラが,愛おしくて愛おしくてたまりませんでした。サクラに限らず,他の子達もそう。信じたいという純粋な気持ちが強くて,ヒリヒリしました。観ていてつらかったです。
きっとつぐみも純粋に会いたいと思っただろうし,ずっと一緒にいたいと思っただろうな。だって家族なんだから。だけどそれに直面したらつらすぎて苦しすぎて,現実にぶちのめされてしまうから,つぐみが生き延びる手段として選んだのは「忘れること」だったんだろうなと思います。蓋をして,感じないようにして,麻痺していく。忘れていく。それは残酷なことなのかもしれないけど,そうしなければ生き延びられない時代になっているのかもしれない。何を信じたいのか,何を信じられるのか,何を信じているのか,よくわからん時代になっているのかもしれない。
一瞬(あ。)と思ったのが,ビリー(で,良いですよね…!?青い服の筋肉のひと!笑)がヒトラーのあの象徴的なポーズを取っていたところ。どさくさに紛れて…じゃないですけど,その前の流れからそそっとごくごく自然に入れ込んできたので,怖いなと思いました。隙間を狙ってサッと挟んでくる。その入れ方そのものがそれらしくて…うん,一瞬背筋が凍りました。民主主義も使い方によっては恐ろしい凶器になり得るということを感じました。最後ガス室(トラック)に閉じ込めて…というところも,ぞぞぞってなりました。犬達の神経が徐々にやられていくあたりとか。民主主義の極端なところを想像させられました。
(民主主義といえば,椎名林檎の「NIPPON」も若干そういうの意識して作ってると思うので,その曲のセレクトは良かったなーなんて思います。そういえばAKB48の「ヘビーローテーション」も,ある意味超民主主義というか,ファンという名の民意を反映してる作品ですよね。秀逸ー!)
あとあと,秩父農工が都会☆って思った部分と言えば,若干の下ネタをさらっと入れてくるあたりとか,作○学院と合コンしちゃうってせりふで言ってるあたり。度胸というか…いい意味で怖いもの知らずで良いなって思いました(笑)。他校の名前って,自分達の立ち位置がわかってこそ使えるものだと思うので,これでこそ関東ですね…!
この感想をカタカタと打っていて,『D-パラダイム』の“D”って何かなーと思っています。
Dから始まる単語なんて山ほどあるしな。
ドラマ?ドメスティック?ダブルバインド?あ,“どこに向かってるの”の“D”かな。
(2015.2.6追記…ひらめきました!DemocracyのD!ではないかと!思うのですが!どうなんでしょう!)
「どこに向かってるのかな?」「知らなーい」
なんとも強烈なせりふ。最後のせりふ。
2010年代の高校生だから出てくる,得体の知れない未来を探っているような,ただただ傍観しているような,そんな作品だったと思います。
初日の朝イチでしたが,一気に秩父農工の色に染まりました。やっぱり力がある学校はやってくれますね。秩父農工のみなさん,お疲れさまでしたー。
Sunday, January 25, 2015
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 東京都立桜町高校演劇部『死刑囚のπ』
@八千代市市民会館
作:桜町高校演劇部といのさん
出演:東京都立桜町高校演劇部
二日目の午前中ラストの公演。これを観て私は会場を出てしまったので,南関東大会最後の作品です。
うぉぉぉ~~~。
うまく言語化できないのだけど,こういう作品を待ってた!
10本観て,(あっ,そういえばこういう感じの作品,なかったなぁ!)って気づきました。
できるならもう一度観てみたい。そんな作品です。
この舞台を観て,浜崎あゆみの「TO BE」を思い出しました。彼女の曲の中では結構好きな曲なので,ぴぴっと回路がつながった感じ。
「TO BE」にはこんな歌詞があります。
作中に出てくる「π」。円周率。マル。緑子先生も「πは大昔から考えられてきた」というようなせりふを言っていたと思うけど,πは「完全」とか,「良いもの」とか,そういう意味合いがあるのかなって。πを求めることは,どう生きるか,良く生きるかということなのかなと,私なりに考えています。
だから,真理ちゃん(まりちゃんと読むけど,しんり,ですよね。これ以上の名前はないっていうくらい,良いネーミングのキャラクターだなと思います。)にとっての“地球”は,真理ちゃん自身のことで,“地球がめちゃくちゃ”ということは,真理ちゃん自身の世界も心もめちゃくちゃなんだなぁと思いました。ヒリヒリしました。
小さい頃の真理ちゃんが,お母さんと知らない男の人がお家でお仕事してると話す部分がありましたが,(うわ…)と思いました。「サルみたい」というせりふが,聞いててものすごくつらくなりました。でもそれ以上につらいのは真理ちゃんで,仕事があるから家に帰れないらしいけど,これは一度居合わせてしまったんだろうなーというのもすぐわかり,…いや,ほんとつらかったです。ここ。なんか,大人としてごめんなさいという感じ…。
先月映画の『赤い月』も観たので,公平のあの目を思い出しました。かなりの外傷だわ…。真理ちゃん…。これを作品に入れ込んだ桜町高校のみなさんといのさんがすごいと思いました。
そうそう。真理ちゃんのゆくゆくの姿(だと思われる),「π」という役名の人が,幕が上がったときから最後までずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと,後ろの白パネル(三間+αくらいのサイズ)に3.141592…と,ひたっすらマジックで円周率を書いていくのです。最初3.14と書いたときには,それで終わるのかと思っていたんですが,本当に延々と書いていくんです…!びっくりしました。と同時に,(どどど,どういう仕組みで書いてるの!?パネルに鉛筆でこそっと書いてるの!?)と思ってました。
が,し・か・し!!!!!
違いました。
こちらの顧問の先生とTwitterでつながっているのですが,なんと「π」役の方,半年で500桁くらい記憶されたそうです…(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)!!!!!!!!!!!!!!!!
なんて強烈な舞台なの!!!!!!!!!!!!!
この,学校の,この,作品に対する思い入れが…半端じゃない!本当に,覚悟がないとできないと思うので,このカンパニーの意気込みの強さを痛いくらい感じました。教えてくださった先生,ありがとうございました…。
それから,「π」がメインのシーンはパネルに翼のような照明が当たるんですが,それがとてもきれいでした。こういう世界で生きたかったんだろうなと思うと,とても切なくなりましたが…。
きれいというと,幕開きの前からロスコの煙がほわほわともれているのが見え,(そういえばロスコ使ってる高校も他にないな)と思ってました。幕が開いた瞬間,もわもわと煙が客席まで広がって。
…なんか,思うんですけど,ロスコの煙に包まれると,作品の世界に連れていかれる錯覚に陥りますよね。陥りました。笑
そこに↑の翼のような照明が当たって,幻想的な幕開きだったなーと思います。
あと,魅了された部分といえばダンス!
なんじゃありゃー!
だだだ,ダンス部の人じゃないですよね!?
高校演劇でバク宙とか,2001年の長野県田川高校『神々の国の首都』ぶりに観ました。しかも今回はめっちゃ勢いあったので,びっくり!たまげました…(@д@)
しかもそのあとに続く皆さんのダンスがキレッキレだったので,本気でかっこよかったです。舞台で踊る!ってなったら,あれくらい踊ってほしいとついつい思ってしまいますが,大人数であそこまでって,そうないだろうなーと思います。
そうそう。バンプの「天体観測」って,踊れる曲だったんですね…。新しかったです…。
(あの曲,私が中学生の時に出た曲なのに…時代を超えて中高生に響く曲なんだなと思うと,そこもすごいなと思いました。笑)
うん…。2000年代前半あたりは私が中高生だった時代なので,そんな部分も出てきて,20代半ばの人間にとってはちょっと懐かしくも感じる作品でした。
真理ちゃんに,「木星から見たら地球はとってもきれいだよ(みたいなせりふ)」が届くといいなぁ。そんなふうにも思いました。
ちょっと話は変わって…世田谷総合高校のお芝居も観ましたが,その都なり県なりの代表を2校観たら,その地域の特性がわかるなーと,南関東のお芝居を観て思いました。
ひとくちに高校生と言っても,どこで育つかによって見えるものや受ける刺激が全然違う。
そして私なりに観てみると,「東京は混沌としている…」というのが2校を通しての感じ方です。
もしかしたら,見たくないものを必要以上に見て,受けたくない刺激を過剰に受けているんじゃないかなと,地方出身のひととして思います。でもそれが彼・彼女の日常だし,それがスタンダードなのだから,そこをうまく処理して生きていくことが東京で生きていくことなのかもしれないなと感じます。
いいものも悪いものも全て混ぜこぜで,そこから何かを生み出していく。それが東京都なのかもしれないなーなんて,思いました。その,生み出す過程をお芝居を通して見つめられた感じ。うまく言えないけど。
春には六本木の俳優座劇場で公演があるそうです。1,000円だそうです。
ギロッポンという響きやせんえんというところに,東京の風を感じます…。
演目は今回のものではないそうですが,桜町高校のお芝居,もう一度観てみたいなーなんて思っています。
桜町高校のみなさん,お疲れ様でした。そして優秀賞,おめでとうございます。
私の中でも,南関東のマイベスト3です。
作:桜町高校演劇部といのさん
出演:東京都立桜町高校演劇部
二日目の午前中ラストの公演。これを観て私は会場を出てしまったので,南関東大会最後の作品です。
うぉぉぉ~~~。
うまく言語化できないのだけど,こういう作品を待ってた!
10本観て,(あっ,そういえばこういう感じの作品,なかったなぁ!)って気づきました。
できるならもう一度観てみたい。そんな作品です。
この舞台を観て,浜崎あゆみの「TO BE」を思い出しました。彼女の曲の中では結構好きな曲なので,ぴぴっと回路がつながった感じ。
「TO BE」にはこんな歌詞があります。
“決してキレイな人間(マル)にはなれないけれどね いびつに輝くよ”
作中に出てくる「π」。円周率。マル。緑子先生も「πは大昔から考えられてきた」というようなせりふを言っていたと思うけど,πは「完全」とか,「良いもの」とか,そういう意味合いがあるのかなって。πを求めることは,どう生きるか,良く生きるかということなのかなと,私なりに考えています。
だから,真理ちゃん(まりちゃんと読むけど,しんり,ですよね。これ以上の名前はないっていうくらい,良いネーミングのキャラクターだなと思います。)にとっての“地球”は,真理ちゃん自身のことで,“地球がめちゃくちゃ”ということは,真理ちゃん自身の世界も心もめちゃくちゃなんだなぁと思いました。ヒリヒリしました。
小さい頃の真理ちゃんが,お母さんと知らない男の人がお家でお仕事してると話す部分がありましたが,(うわ…)と思いました。「サルみたい」というせりふが,聞いててものすごくつらくなりました。でもそれ以上につらいのは真理ちゃんで,仕事があるから家に帰れないらしいけど,これは一度居合わせてしまったんだろうなーというのもすぐわかり,…いや,ほんとつらかったです。ここ。なんか,大人としてごめんなさいという感じ…。
先月映画の『赤い月』も観たので,公平のあの目を思い出しました。かなりの外傷だわ…。真理ちゃん…。これを作品に入れ込んだ桜町高校のみなさんといのさんがすごいと思いました。
そうそう。真理ちゃんのゆくゆくの姿(だと思われる),「π」という役名の人が,幕が上がったときから最後までずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと,後ろの白パネル(三間+αくらいのサイズ)に3.141592…と,ひたっすらマジックで円周率を書いていくのです。最初3.14と書いたときには,それで終わるのかと思っていたんですが,本当に延々と書いていくんです…!びっくりしました。と同時に,(どどど,どういう仕組みで書いてるの!?パネルに鉛筆でこそっと書いてるの!?)と思ってました。
が,し・か・し!!!!!
違いました。
こちらの顧問の先生とTwitterでつながっているのですが,なんと「π」役の方,半年で500桁くらい記憶されたそうです…(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)(゜ ゜)!!!!!!!!!!!!!!!!
なんて強烈な舞台なの!!!!!!!!!!!!!
この,学校の,この,作品に対する思い入れが…半端じゃない!本当に,覚悟がないとできないと思うので,このカンパニーの意気込みの強さを痛いくらい感じました。教えてくださった先生,ありがとうございました…。
それから,「π」がメインのシーンはパネルに翼のような照明が当たるんですが,それがとてもきれいでした。こういう世界で生きたかったんだろうなと思うと,とても切なくなりましたが…。
きれいというと,幕開きの前からロスコの煙がほわほわともれているのが見え,(そういえばロスコ使ってる高校も他にないな)と思ってました。幕が開いた瞬間,もわもわと煙が客席まで広がって。
…なんか,思うんですけど,ロスコの煙に包まれると,作品の世界に連れていかれる錯覚に陥りますよね。陥りました。笑
そこに↑の翼のような照明が当たって,幻想的な幕開きだったなーと思います。
あと,魅了された部分といえばダンス!
なんじゃありゃー!
だだだ,ダンス部の人じゃないですよね!?
高校演劇でバク宙とか,2001年の長野県田川高校『神々の国の首都』ぶりに観ました。しかも今回はめっちゃ勢いあったので,びっくり!たまげました…(@д@)
しかもそのあとに続く皆さんのダンスがキレッキレだったので,本気でかっこよかったです。舞台で踊る!ってなったら,あれくらい踊ってほしいとついつい思ってしまいますが,大人数であそこまでって,そうないだろうなーと思います。
そうそう。バンプの「天体観測」って,踊れる曲だったんですね…。新しかったです…。
(あの曲,私が中学生の時に出た曲なのに…時代を超えて中高生に響く曲なんだなと思うと,そこもすごいなと思いました。笑)
うん…。2000年代前半あたりは私が中高生だった時代なので,そんな部分も出てきて,20代半ばの人間にとってはちょっと懐かしくも感じる作品でした。
真理ちゃんに,「木星から見たら地球はとってもきれいだよ(みたいなせりふ)」が届くといいなぁ。そんなふうにも思いました。
ちょっと話は変わって…世田谷総合高校のお芝居も観ましたが,その都なり県なりの代表を2校観たら,その地域の特性がわかるなーと,南関東のお芝居を観て思いました。
ひとくちに高校生と言っても,どこで育つかによって見えるものや受ける刺激が全然違う。
そして私なりに観てみると,「東京は混沌としている…」というのが2校を通しての感じ方です。
もしかしたら,見たくないものを必要以上に見て,受けたくない刺激を過剰に受けているんじゃないかなと,地方出身のひととして思います。でもそれが彼・彼女の日常だし,それがスタンダードなのだから,そこをうまく処理して生きていくことが東京で生きていくことなのかもしれないなと感じます。
いいものも悪いものも全て混ぜこぜで,そこから何かを生み出していく。それが東京都なのかもしれないなーなんて,思いました。その,生み出す過程をお芝居を通して見つめられた感じ。うまく言えないけど。
春には六本木の俳優座劇場で公演があるそうです。1,000円だそうです。
ギロッポンという響きやせんえんというところに,東京の風を感じます…。
演目は今回のものではないそうですが,桜町高校のお芝居,もう一度観てみたいなーなんて思っています。
桜町高校のみなさん,お疲れ様でした。そして優秀賞,おめでとうございます。
私の中でも,南関東のマイベスト3です。
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 神奈川県立湘南高校(定時制)演劇部『さよなら小宮くん』
@八千代市市民会館
作:越智優
出演:神奈川県立湘南高校(定時制)演劇部
関東大会(今年で50回目)で定時制高校の出場は,48年ぶりらしいです。すごーい!つまり21世紀初ですね!?
2005年度には全日制や夜間の生徒が混ざって長野県松本筑摩高校が出ていましたが,全員定時制って…すごいなぁ。稽古スケジュールとか…そういうものを合わせるのってきっと大変だったと思うので。
私の中で越智優と言えば『夏芙蓉』。いや,それしか観たことないのだけど…。
でもさすが越智作品というか,安定しているホンでした…。
人間関係の本当に基本的なところとして,誰か新しい人がやってきたら場の空気ってガラッと変わるし,誰か一人抜けたらまたさらに違う雰囲気になる…というところがあると思います。誰が誰に対してどういう感情や思いを持っているか…というところは一人一人全く違うから,人との組み合わせによって,動くものが違うだろうと。
その,「場の空気が変わる」という普段の日常的で当たり前なところ,人間関係の生々しいところが見えて,非常に丁寧に作っている作品だなーというのが率直な感想!語弊を恐れず言うと,人との関係や距離感を,大多数の人たち(全日制のひと)とは異なるポジションで取っている定時制の皆さんだからこそ,出せた部分もあったんじゃないかななんて思います。
特に無理やりお別れパーティーに呼んじゃった蒲生さんと他のメンバーとの関係とか。(こういう微妙な空気感,あるある!)と思いながら観ちゃいました。
ただ,作中,パーティーのために気合いを入れて作ってきたというパーティー帽が登場するのですが,なんか本当に気合いが入っている…!と思いました(笑)。キラキラというより銀でギラギラしていて,かなりまぶしかったです(><)ちょっと役者さんが動くたびにぎらんぎらん反射していて,もうちょっと抑え気味でも良いかな…と思いました。(勢いはものすごく伝わりました。笑)
あと舞台を観ていてちょっと気になったのが,役者さんのせりふのスピードでした。
トントントンとテンポよく会を進めていきたいという気持ちはわかるのですが,喋るスピード(特にすみれちゃん?かな??)が早くて聞き取れないところがちょこちょこありました。追い付けなくて,なんだか舞台上と客席で,流れている時間のスピードに差がある印象も。早口になっちゃうというのもあって,声もなかなかこっちまで飛んできてない印象がしたので残念でした。(せりふが面白いだけに…!)
作品の中ではいろーんな登場人物がいましたが…中でも小宮くんが素敵でした!なんかうまく言えないけど,『花子とアン』や『Nのために』に出演していた窪田正孝くんを連想してしまいました。あんな感じのはにかみ笑顔がさわやかさん!という感じ…☆器用じゃなくて,でも変わる生活や目の前のことに向き合おうとしている姿が素敵でした。
そしてそして正直に申し上げると,面白い話だったのに途中ふ~っと意識がおでかけしてしまう瞬間があって,もったいないことしちゃいました(; ;)眠くなりがちな人ですみません…!できれば覚醒水準が高いときに観たかったです…!というか上げられずすみません…。文章もまとまらず申し訳ないです…!
湘南高校定時制のみなさん,お疲れ様でした。そして春の出場もおめでとうございます!
作:越智優
出演:神奈川県立湘南高校(定時制)演劇部
関東大会(今年で50回目)で定時制高校の出場は,48年ぶりらしいです。すごーい!つまり21世紀初ですね!?
2005年度には全日制や夜間の生徒が混ざって長野県松本筑摩高校が出ていましたが,全員定時制って…すごいなぁ。稽古スケジュールとか…そういうものを合わせるのってきっと大変だったと思うので。
私の中で越智優と言えば『夏芙蓉』。いや,それしか観たことないのだけど…。
でもさすが越智作品というか,安定しているホンでした…。
人間関係の本当に基本的なところとして,誰か新しい人がやってきたら場の空気ってガラッと変わるし,誰か一人抜けたらまたさらに違う雰囲気になる…というところがあると思います。誰が誰に対してどういう感情や思いを持っているか…というところは一人一人全く違うから,人との組み合わせによって,動くものが違うだろうと。
その,「場の空気が変わる」という普段の日常的で当たり前なところ,人間関係の生々しいところが見えて,非常に丁寧に作っている作品だなーというのが率直な感想!語弊を恐れず言うと,人との関係や距離感を,大多数の人たち(全日制のひと)とは異なるポジションで取っている定時制の皆さんだからこそ,出せた部分もあったんじゃないかななんて思います。
特に無理やりお別れパーティーに呼んじゃった蒲生さんと他のメンバーとの関係とか。(こういう微妙な空気感,あるある!)と思いながら観ちゃいました。
ただ,作中,パーティーのために気合いを入れて作ってきたというパーティー帽が登場するのですが,なんか本当に気合いが入っている…!と思いました(笑)。キラキラというより銀でギラギラしていて,かなりまぶしかったです(><)ちょっと役者さんが動くたびにぎらんぎらん反射していて,もうちょっと抑え気味でも良いかな…と思いました。(勢いはものすごく伝わりました。笑)
あと舞台を観ていてちょっと気になったのが,役者さんのせりふのスピードでした。
トントントンとテンポよく会を進めていきたいという気持ちはわかるのですが,喋るスピード(特にすみれちゃん?かな??)が早くて聞き取れないところがちょこちょこありました。追い付けなくて,なんだか舞台上と客席で,流れている時間のスピードに差がある印象も。早口になっちゃうというのもあって,声もなかなかこっちまで飛んできてない印象がしたので残念でした。(せりふが面白いだけに…!)
作品の中ではいろーんな登場人物がいましたが…中でも小宮くんが素敵でした!なんかうまく言えないけど,『花子とアン』や『Nのために』に出演していた窪田正孝くんを連想してしまいました。あんな感じのはにかみ笑顔がさわやかさん!という感じ…☆器用じゃなくて,でも変わる生活や目の前のことに向き合おうとしている姿が素敵でした。
そしてそして正直に申し上げると,面白い話だったのに途中ふ~っと意識がおでかけしてしまう瞬間があって,もったいないことしちゃいました(; ;)眠くなりがちな人ですみません…!できれば覚醒水準が高いときに観たかったです…!というか上げられずすみません…。文章もまとまらず申し訳ないです…!
湘南高校定時制のみなさん,お疲れ様でした。そして春の出場もおめでとうございます!
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 東京都立世田谷総合高校演劇部『男やもめに何がわく』
@八千代市市民会館
作:せたそー演劇部+岡崎恵介
出演:東京都立世田谷総合高校演劇部
申し訳ありません…。開演に間に合わず,15分ほど遅れて観ました。
最初から最後まで通して初めて観たことになると思うので,ストーリーについては書けません…!
舞台から伝わってきたあれこれについて書きたいと思います。メモ程度で受け取ってください…。
東京都の高校のお芝居を観るのは,これが初めてでした。
日本の中心で暮らす高校生達は,何を見て何を考え何を表現するのか。私も今は同じ都民なので,気になっていました。
パンフレットの写真にもありましたが,舞台セットが服・服・服…!
いろーんなものが,服で作られていました。このゴチャゴチャした感じ。ぱっと見て,マームとジプシーとか,FUKAIPRODUCE羽衣とか,そういったカンパニーを連想しました。小劇場の混ぜこぜなお芝居。ああいう文化を吸って育っている高校生が作っている!という感じが伝わってきました。いろーんな要素があって,混沌としている。それが服のセットによく出ているなと思いました。
だからカズムの心が散らかっているときは舞台もとっちらかってるし,なんとかしなきゃというときにはなんとなく山になる。でもまた服を使ってリバースしてる。←ここすごかったです。こう来るか,と…。
登場するキャストさんは5人で,舞台の奥の方に5脚のパイプ椅子があるのだけど,私が入ってからはあんまり活用されていない気がして,(出だしでどう使ったんだろう)と思いました。実際に腰かけなくても,シンボルとして使っていたのかな。
あ。そうそう。この舞台が東京っぽいと思ったもう一つの要素が,照明!
チカチカ変わりながら場面転換するあたり!直感的に(東京っぽい!)と思いました。
はい。全くの主観です。笑
だらしない親とか,自分の立ち位置とか,そういった混沌とした環境下で生きる高校生達の「打破したい何か」が見えたように思います。
せたそーの皆さん,お疲れさまでした。
作:せたそー演劇部+岡崎恵介
出演:東京都立世田谷総合高校演劇部
申し訳ありません…。開演に間に合わず,15分ほど遅れて観ました。
最初から最後まで通して初めて観たことになると思うので,ストーリーについては書けません…!
舞台から伝わってきたあれこれについて書きたいと思います。メモ程度で受け取ってください…。
東京都の高校のお芝居を観るのは,これが初めてでした。
日本の中心で暮らす高校生達は,何を見て何を考え何を表現するのか。私も今は同じ都民なので,気になっていました。
パンフレットの写真にもありましたが,舞台セットが服・服・服…!
いろーんなものが,服で作られていました。このゴチャゴチャした感じ。ぱっと見て,マームとジプシーとか,FUKAIPRODUCE羽衣とか,そういったカンパニーを連想しました。小劇場の混ぜこぜなお芝居。ああいう文化を吸って育っている高校生が作っている!という感じが伝わってきました。いろーんな要素があって,混沌としている。それが服のセットによく出ているなと思いました。
だからカズムの心が散らかっているときは舞台もとっちらかってるし,なんとかしなきゃというときにはなんとなく山になる。でもまた服を使ってリバースしてる。←ここすごかったです。こう来るか,と…。
登場するキャストさんは5人で,舞台の奥の方に5脚のパイプ椅子があるのだけど,私が入ってからはあんまり活用されていない気がして,(出だしでどう使ったんだろう)と思いました。実際に腰かけなくても,シンボルとして使っていたのかな。
あ。そうそう。この舞台が東京っぽいと思ったもう一つの要素が,照明!
チカチカ変わりながら場面転換するあたり!直感的に(東京っぽい!)と思いました。
はい。全くの主観です。笑
だらしない親とか,自分の立ち位置とか,そういった混沌とした環境下で生きる高校生達の「打破したい何か」が見えたように思います。
せたそーの皆さん,お疲れさまでした。
Saturday, January 24, 2015
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 山梨県立甲府南高校演劇部『秘密の花園』
@八千代市市民会館
作:中村勉
出演:山梨県立甲府南高校演劇部
パンフレットを読んだとき,これはホントに甲府南高校のことなのか,作中のことなのか全然わかりませんでした。引用です↓
…えっ,これはほんとにどっちなの!?(オロオロ)
しかも南関東大会には“速報”がなく,学校に関しても作品に関しても,得られる情報はここからのみ。事前情報がほぼない中で,とりあえずこの作品の世界に揺られてみることにしました。
観終わってまず思ったこと。
作品から見えた風景が,長野県に似ていました。「バスに揺られる」とか,「数少ない電車に揺られる」とか,「山を越える」とか。そういうフレーズから連想するその風景が,長野県に似ていました。
私なりに山梨を想像したのですが,その山梨は長野県に似ていた…。つまるところ,高校演劇的には,山梨は南関東,長野は北関東と隔たっていますが,この2県はやはり親戚なのだと思いました。
マナミ,アリサ,リホ達が乗った電車って,きっとベージュと紺の車体か,水色黄緑白の車体のどっちかだと思うんです。窓の開け方,わかるわーって思いながら観てました。笑
(カサハラさん,数年に一度は鈍行で高尾~松本あたり余裕で乗るので,中央東線には詳しいのよ。)
おじいちゃん先生に会いに,3人は冒険…というか,旅?に出るわけですが,途中熊と戦ったりアイドルになっちゃったり,着地点がどこなのかわからなくなりました。どこへ向かうのかわからず次元をたゆたう感じは,長野県長野東高校の『銀河鉄道の夜~吉里吉里国ものがたり~』を連想しました。今思うと,おじいちゃん先生を追いかける少女…という構造は「不思議の国のアリス」っぽい部分もあるのかも。白昼夢。
ただ,「おじいちゃん先生はどうやら魅力的なひとらしい」「先生にどうしても会いたい…」というところはわかったのだけど,そのおじいちゃん先生の魅力をもう少し感じたいなーと思いました。話し方の真似から雰囲気はわかるのだけど,もっとエピソード的な何かで伝わってくると,彼女達が追いたくなる動機が共有できたんじゃないかなーと思います。
先生に関連して…。マナミちゃん?かな??が,ちょこちょこと先生の真似をするところがあるんですが,他の2人が嫌がってるのに続けていて,それを見るのはちょっとつらかったです。マナミちゃんがその言葉を続けなければいけなかった理由も,あんまり見えなくて。言葉を伝えたいなら,必ずしも真似した口調でなくてもよかったように思います。
あとマナミちゃん(で,でしたよね…?)はお見舞いをためらいまくっているけど,何か本当のことを知ってるんじゃないかと,観客としては期待してしまいました。たとえばかなり危ない状態とか,そういうことを。でも,どうして抵抗しているのかが劇中ではあんまり見えなくて,何がそうさせているのかなーというところが私はつかみにくかったです。
あ。嫌がる,に関連して…。嫌がったり,つらくて泣いちゃうシーンがあったと思うのですが,泣く演技がなんだかワンパターンに見えちゃいました…!とりあえず顔を手で覆う!!という感じで。涙がいくらこぼれても見たいものはあるだろうし,くしゃくしゃな顔をあえてそのままにすることだってあるんじゃないかなー。もう少し表現の幅が広がると,形式じゃなくて感情が見える気がします!
セットのことですが,やはり2010年代はホリゾントをあんなふうに使う時代なのですね!舞台上にパソコンもプロジェクターも置いちゃうのですね!
プロジェクターはあくまで短歌や文字の投映のためだと思いますが,走り回ってるシーンなんかは,シルエットから遠近感が強く出ていて面白い効果だなと思いました。
ただ舞台の一番奥まで使ってる訳なので,声は跳ね返らなくなっちゃいますよね。ムズカシイところだなーと思いました。
自分の足で外の世界に出たいと思ったとき,越えるべき山は高いんだなということをしみじみ感じました。県民性というか,地域性を特に感じた作品です。
甲府南の皆さん,お疲れ様でしたー。
作:中村勉
出演:山梨県立甲府南高校演劇部
パンフレットを読んだとき,これはホントに甲府南高校のことなのか,作中のことなのか全然わかりませんでした。引用です↓
■上演にあたって■
大好きな先生が入院しちゃった。大会前のわたしたちを残して。
…えっ,これはほんとにどっちなの!?(オロオロ)
しかも南関東大会には“速報”がなく,学校に関しても作品に関しても,得られる情報はここからのみ。事前情報がほぼない中で,とりあえずこの作品の世界に揺られてみることにしました。
観終わってまず思ったこと。
作品から見えた風景が,長野県に似ていました。「バスに揺られる」とか,「数少ない電車に揺られる」とか,「山を越える」とか。そういうフレーズから連想するその風景が,長野県に似ていました。
私なりに山梨を想像したのですが,その山梨は長野県に似ていた…。つまるところ,高校演劇的には,山梨は南関東,長野は北関東と隔たっていますが,この2県はやはり親戚なのだと思いました。
マナミ,アリサ,リホ達が乗った電車って,きっとベージュと紺の車体か,水色黄緑白の車体のどっちかだと思うんです。窓の開け方,わかるわーって思いながら観てました。笑
(カサハラさん,数年に一度は鈍行で高尾~松本あたり余裕で乗るので,中央東線には詳しいのよ。)
おじいちゃん先生に会いに,3人は冒険…というか,旅?に出るわけですが,途中熊と戦ったりアイドルになっちゃったり,着地点がどこなのかわからなくなりました。どこへ向かうのかわからず次元をたゆたう感じは,長野県長野東高校の『銀河鉄道の夜~吉里吉里国ものがたり~』を連想しました。今思うと,おじいちゃん先生を追いかける少女…という構造は「不思議の国のアリス」っぽい部分もあるのかも。白昼夢。
ただ,「おじいちゃん先生はどうやら魅力的なひとらしい」「先生にどうしても会いたい…」というところはわかったのだけど,そのおじいちゃん先生の魅力をもう少し感じたいなーと思いました。話し方の真似から雰囲気はわかるのだけど,もっとエピソード的な何かで伝わってくると,彼女達が追いたくなる動機が共有できたんじゃないかなーと思います。
先生に関連して…。マナミちゃん?かな??が,ちょこちょこと先生の真似をするところがあるんですが,他の2人が嫌がってるのに続けていて,それを見るのはちょっとつらかったです。マナミちゃんがその言葉を続けなければいけなかった理由も,あんまり見えなくて。言葉を伝えたいなら,必ずしも真似した口調でなくてもよかったように思います。
あとマナミちゃん(で,でしたよね…?)はお見舞いをためらいまくっているけど,何か本当のことを知ってるんじゃないかと,観客としては期待してしまいました。たとえばかなり危ない状態とか,そういうことを。でも,どうして抵抗しているのかが劇中ではあんまり見えなくて,何がそうさせているのかなーというところが私はつかみにくかったです。
あ。嫌がる,に関連して…。嫌がったり,つらくて泣いちゃうシーンがあったと思うのですが,泣く演技がなんだかワンパターンに見えちゃいました…!とりあえず顔を手で覆う!!という感じで。涙がいくらこぼれても見たいものはあるだろうし,くしゃくしゃな顔をあえてそのままにすることだってあるんじゃないかなー。もう少し表現の幅が広がると,形式じゃなくて感情が見える気がします!
セットのことですが,やはり2010年代はホリゾントをあんなふうに使う時代なのですね!舞台上にパソコンもプロジェクターも置いちゃうのですね!
プロジェクターはあくまで短歌や文字の投映のためだと思いますが,走り回ってるシーンなんかは,シルエットから遠近感が強く出ていて面白い効果だなと思いました。
ただ舞台の一番奥まで使ってる訳なので,声は跳ね返らなくなっちゃいますよね。ムズカシイところだなーと思いました。
自分の足で外の世界に出たいと思ったとき,越えるべき山は高いんだなということをしみじみ感じました。県民性というか,地域性を特に感じた作品です。
甲府南の皆さん,お疲れ様でしたー。
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 浜松海の星高校演劇部『大正ガールズエクスプレス』
@八千代市市民会館
作:日下直子
脚色:川口多加
出演:浜松海の星高校演劇部
もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
文句なし!!!!!
今回,南関東大会は一日目と二日目の最初の3作の計10本を観ましたが,私の聴覚的には一番の拍手があったのはここなんじゃないかと思ってます。
客電ついてもなかなか止まなかったです。拍手。そして客席にいるいろーんなひとが,本気で悔しがってました。「やられた!」って。笑 私も魅了された人々の一人です。
はぁ…。(溜息)
いや,私,中学生のときから『はいからさんが通る』が好きなんです。大和和紀の。大学院の修了式のときは矢絣の着物に袴を着るんだと夢見たものです。(着れなかったけど。笑)
あと,『花子とアン』もほぼ全話観ました。
…ので,もともとこの時代は確かにときめくんですが,それ以上にすごかったのは
個性を生かしたキャスティング!!!!!!!!!!!
すっごーい!!!高校演劇でここまでドンピシャリなキャスティングってできるんですね!!
やっぱり,千世様とよし子ちゃんと黄色の着物に三つ編み赤リボンのふくよかな体型のあの方の3人がずば抜けて魅力的でした!!
最初よし子ちゃんが出てきたときは(なんなんだあのひと!)と思うくらい特徴的なお声だったんですが,それが全然作ってる感なくて…いや違うな,作っているかもしれないけど,いやらしさがなくて,自然に聞ける声だったんです。聞かせられる声をお持ちというか…。それだけでひとを惹きつけられる!すっごいぞよし子ちゃん!
そして千世様…。他の女学生がカワイイおリボンをつけているのに,千世様だけ何もない…。でもはずむポニーテールがきれいだ…と思っていたら,そういうことだったのですね。美人さんすぎてオスカル感がすごかったです。どやどやしてるけど繊細なところというか,不安が高いからこそ防衛している姿が,たまらなく愛おしかったです。
そんなよし子ちゃんと千世様が上下に分かれて佇んで,見つめ合うあのシーンがめちゃくちゃかっこよかったー!!!
ここのシーンで使われている楽曲も本当にしびれた!!使用曲が何だったのか,すんごく知りたい!お伺いしたい!!!
(あと,よし子ちゃんがおリボンつけまくりの風刺画を描いてたときの使用曲も何だったか知りたい…。)
あと,例のふくよかな方…。いるよねいるよね,ああいう子,漫画の中にいるよね!
きれいに3Dの世界に出てきてくれたというか…自分の見せ方を知っている方なんだなと強く思いました。長野県松川高校演劇部の『べいべー』にもご自身の体型を生かした方が出てくるんですが,そういう感じです。はい。指の立て方とか,もうたまらんかったです。笑
こんなに大勢出てくるのに,一人ひとり“個”が立っていて…それなのにガチャガチャしていないから衝撃的でした。(コクがあるのに後味すっきり的な…?←たとえがへたすぎる)本当に,よくこの二つが両立できたな…と。脚本にまとめた顧問の先生のお力なんでしょうか…。もう何も言えないです…。
他に「おぉっ」と思ったところは,
作:日下直子
脚色:川口多加
出演:浜松海の星高校演劇部
もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
文句なし!!!!!
今回,南関東大会は一日目と二日目の最初の3作の計10本を観ましたが,私の聴覚的には一番の拍手があったのはここなんじゃないかと思ってます。
客電ついてもなかなか止まなかったです。拍手。そして客席にいるいろーんなひとが,本気で悔しがってました。「やられた!」って。笑 私も魅了された人々の一人です。
はぁ…。(溜息)
いや,私,中学生のときから『はいからさんが通る』が好きなんです。大和和紀の。大学院の修了式のときは矢絣の着物に袴を着るんだと夢見たものです。(着れなかったけど。笑)
あと,『花子とアン』もほぼ全話観ました。
…ので,もともとこの時代は確かにときめくんですが,それ以上にすごかったのは
個性を生かしたキャスティング!!!!!!!!!!!
すっごーい!!!高校演劇でここまでドンピシャリなキャスティングってできるんですね!!
やっぱり,千世様とよし子ちゃんと黄色の着物に三つ編み赤リボンのふくよかな体型のあの方の3人がずば抜けて魅力的でした!!
最初よし子ちゃんが出てきたときは(なんなんだあのひと!)と思うくらい特徴的なお声だったんですが,それが全然作ってる感なくて…いや違うな,作っているかもしれないけど,いやらしさがなくて,自然に聞ける声だったんです。聞かせられる声をお持ちというか…。それだけでひとを惹きつけられる!すっごいぞよし子ちゃん!
そして千世様…。他の女学生がカワイイおリボンをつけているのに,千世様だけ何もない…。でもはずむポニーテールがきれいだ…と思っていたら,そういうことだったのですね。美人さんすぎてオスカル感がすごかったです。どやどやしてるけど繊細なところというか,不安が高いからこそ防衛している姿が,たまらなく愛おしかったです。
そんなよし子ちゃんと千世様が上下に分かれて佇んで,見つめ合うあのシーンがめちゃくちゃかっこよかったー!!!
ここのシーンで使われている楽曲も本当にしびれた!!使用曲が何だったのか,すんごく知りたい!お伺いしたい!!!
(あと,よし子ちゃんがおリボンつけまくりの風刺画を描いてたときの使用曲も何だったか知りたい…。)
あと,例のふくよかな方…。いるよねいるよね,ああいう子,漫画の中にいるよね!
きれいに3Dの世界に出てきてくれたというか…自分の見せ方を知っている方なんだなと強く思いました。長野県松川高校演劇部の『べいべー』にもご自身の体型を生かした方が出てくるんですが,そういう感じです。はい。指の立て方とか,もうたまらんかったです。笑
こんなに大勢出てくるのに,一人ひとり“個”が立っていて…それなのにガチャガチャしていないから衝撃的でした。(コクがあるのに後味すっきり的な…?←たとえがへたすぎる)本当に,よくこの二つが両立できたな…と。脚本にまとめた顧問の先生のお力なんでしょうか…。もう何も言えないです…。
他に「おぉっ」と思ったところは,
- 着物&袴をあんなに揃えたのがすごい。それだけで見応えありすぎる。
- よし子ちゃんが登場時の着物からお屋敷での着物に着替えても,色味が一緒なので統一感がある。
- 二人羽織すげぇ。(言葉遣いが荒いのは,衝撃度が高いから)
- 千世様がブーツでも,それより背が高い婚約者
- 音響へのこだわり
- マリ子(頭部)の描き込みレベルの高さ
などなど…。
ひゃー。ほんとに,エンターテイメントを見せつけられた感じです。
静岡県勢がアツすぎる…。
あぁ,私ここに全国行ってほしかったかもしれない…。
パンフの「上演にあたって」に,“時代考証とかリアリティとかあまり気にせず,楽しけりゃいいじゃんというノリで作ってきましたので,細かいことは気になさらずに気楽に見ていただけると嬉しいです”とありました。こういう潔いスタンス,好きです。(やっていて楽しいんだろうなぁ!)という気持ちに一番させてくれたカンパニーです。
もう褒めてしかいませんね。でも私が観たらそうなったんです。
本気で,千葉まで観に来た甲斐がありました。おつりが出る勢いです。
浜松海の星高校のみなさん,素敵な時間をありがとうございました…♡
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 茨城県立下館第二高校演劇部『Damn! 舞姫!!』
@八千代市市民会館
作:関勝一
潤色:中野陽香
出演:茨城県立下館第二高校演劇部
あー,面白かった!
関東らしい,笑いの取れるお芝居!…というのが第一印象!
みなさんすごーくいいポジションにいらして,まさに適役。脚本の使い方がうまいなぁ~と思いました。
そう,ホンがよかった。
高校生が「舞姫」の人物像を深めるために登場人物になりきって寸劇をしていくうちに,自分自身のことと重ねたり,現代的に解釈していく…というお話なのだけど,私多分「今の感覚で解釈していく」って,好きなんだわ。きっと。例えば昨年観た世田谷パブリックシアターの『花子について』とかがそう。三島由紀夫作品を構成し直して作っているのだけど,21世紀に生きる私が観てもすんごい共感できるとこあるじゃんって。
特に「舞姫」は高校生ならほぼ確実に触れる作品なので,それを題材にしているのはきっと正解なんだろうな。“高校生ならでは”という視点で見ると。そういう意味で,ホンがよかった。
個人的に,山口と相沢とユータの3役をやった彼がいい味出してて,すんごい好みです(笑)。
あの上手のはじっこで,口数少なに佇むユータと山口&相沢のギャップがものすごい素敵。それぞれの出番はごくわずかだけど,すんごいインパクト!よかったー。身軽だし見応えありました。早替えもお疲れ様です…。笑
山口くんの登場の仕方が面白すぎてすごかった。彼のあの登場のためだけにホリゾント使ってました…よね?なんて豪華なの!しかもT.M.Revolutionのあのイントロのキラキラ感が山口くんにピッタリすぎて…。良い選曲ですね。しかもみんな踊っちゃうんですね。巻き込む力,半端じゃないな…。
でも,多分そのホリゾントのため…の舞台装置が逆効果になってしまっているところもあって,エリス役の方の声なんかが後ろに吸われてしまいがちだったかなと思います(><)残念…!
いっそのこと山口くんが出てきたら真ん中で幕を下ろして割っちゃうとか,もう少し声がこっちに来るような工夫があると聞こえやすかったなぁと思います。
だけど話が面白かったので,聞こう聞こうという意識が働いて,ほぼ聞き取れたと思います。笑
そうそう。スカートの丈とか,そのあたりに個性の違いが感じられてよかったです。西さんとエリス役の方とか(役名忘れてしまった…),すごい顕著で。あと,「ぺ!」とかちょっと捨て身感があって,良い意味で等身大のお芝居が見られたなーと思います。
ストーリーテラー的な役割の方(これも役名忘れてしまった…)が,最後に鴎外のママをやるところも,観ていて(おおっ,そう来るのか!)と思って面白かったです。すんごい何重もの扉とかガッシャーンな扉?シャッター?も,ちゃんと見えたので,さすがだな関東大会…と思いました。笑
舞姫から始まり,実在したエリーゼはきっと幸せだったという解釈に至るまでを追う中で,西さんの成長がちゃんと見られた!西さんにも,幸せになってほしいよ…。
あとあと,一度も場面転換しなかったから成し得たことだと思うのだけど,舞台装置が本当によく作り込まれていた…!図書室!ちゃんと図書室だよ…!
私もかつて本がぎっしりの本棚を舞台で使わなくちゃいけなかったのだけど,移動の関係で本の空箱を使ったり,いろいろカモフラージュが必要だったのです。が,館二のみなさんの本棚には本当に本がぎっしり…!やっぱりここまであると,重量があるというか,きちんと場の質感が出てくるんだなーと思いました。
テンポの良い会話,コミカルな演技,でも聞かせるところはきちんと聞かせてメリハリがあるところ。さらっとやってのけている感じで,観ていてとっても心地よかったです。何より楽しそうにお芝居されている雰囲気がよく伝わってきて,こっちまでウキウキしてしまいました。
下館第二のみなさん,お疲れ様でしたー!
作:関勝一
潤色:中野陽香
出演:茨城県立下館第二高校演劇部
あー,面白かった!
関東らしい,笑いの取れるお芝居!…というのが第一印象!
みなさんすごーくいいポジションにいらして,まさに適役。脚本の使い方がうまいなぁ~と思いました。
そう,ホンがよかった。
高校生が「舞姫」の人物像を深めるために登場人物になりきって寸劇をしていくうちに,自分自身のことと重ねたり,現代的に解釈していく…というお話なのだけど,私多分「今の感覚で解釈していく」って,好きなんだわ。きっと。例えば昨年観た世田谷パブリックシアターの『花子について』とかがそう。三島由紀夫作品を構成し直して作っているのだけど,21世紀に生きる私が観てもすんごい共感できるとこあるじゃんって。
特に「舞姫」は高校生ならほぼ確実に触れる作品なので,それを題材にしているのはきっと正解なんだろうな。“高校生ならでは”という視点で見ると。そういう意味で,ホンがよかった。
個人的に,山口と相沢とユータの3役をやった彼がいい味出してて,すんごい好みです(笑)。
あの上手のはじっこで,口数少なに佇むユータと山口&相沢のギャップがものすごい素敵。それぞれの出番はごくわずかだけど,すんごいインパクト!よかったー。身軽だし見応えありました。早替えもお疲れ様です…。笑
山口くんの登場の仕方が面白すぎてすごかった。彼のあの登場のためだけにホリゾント使ってました…よね?なんて豪華なの!しかもT.M.Revolutionのあのイントロのキラキラ感が山口くんにピッタリすぎて…。良い選曲ですね。しかもみんな踊っちゃうんですね。巻き込む力,半端じゃないな…。
でも,多分そのホリゾントのため…の舞台装置が逆効果になってしまっているところもあって,エリス役の方の声なんかが後ろに吸われてしまいがちだったかなと思います(><)残念…!
いっそのこと山口くんが出てきたら真ん中で幕を下ろして割っちゃうとか,もう少し声がこっちに来るような工夫があると聞こえやすかったなぁと思います。
だけど話が面白かったので,聞こう聞こうという意識が働いて,ほぼ聞き取れたと思います。笑
そうそう。スカートの丈とか,そのあたりに個性の違いが感じられてよかったです。西さんとエリス役の方とか(役名忘れてしまった…),すごい顕著で。あと,「ぺ!」とかちょっと捨て身感があって,良い意味で等身大のお芝居が見られたなーと思います。
ストーリーテラー的な役割の方(これも役名忘れてしまった…)が,最後に鴎外のママをやるところも,観ていて(おおっ,そう来るのか!)と思って面白かったです。すんごい何重もの扉とかガッシャーンな扉?シャッター?も,ちゃんと見えたので,さすがだな関東大会…と思いました。笑
舞姫から始まり,実在したエリーゼはきっと幸せだったという解釈に至るまでを追う中で,西さんの成長がちゃんと見られた!西さんにも,幸せになってほしいよ…。
あとあと,一度も場面転換しなかったから成し得たことだと思うのだけど,舞台装置が本当によく作り込まれていた…!図書室!ちゃんと図書室だよ…!
私もかつて本がぎっしりの本棚を舞台で使わなくちゃいけなかったのだけど,移動の関係で本の空箱を使ったり,いろいろカモフラージュが必要だったのです。が,館二のみなさんの本棚には本当に本がぎっしり…!やっぱりここまであると,重量があるというか,きちんと場の質感が出てくるんだなーと思いました。
テンポの良い会話,コミカルな演技,でも聞かせるところはきちんと聞かせてメリハリがあるところ。さらっとやってのけている感じで,観ていてとっても心地よかったです。何より楽しそうにお芝居されている雰囲気がよく伝わってきて,こっちまでウキウキしてしまいました。
下館第二のみなさん,お疲れ様でしたー!
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 山梨県立甲府西高校演劇部『I ~アイ~』
@八千代市市民会館
作:小松知也・山梨県立甲府西高校演劇部
出演:山梨県立甲府西高校演劇部
すすすすす,すみませーん…(;▽;)
最初に正直にお話すると,後半で意識がおでかけしてしまいました…。
ご,午後一番ってだから苦手なのです…。午前の緊張が解けてゆるゆるしちゃう時間なのです。
感想って,全部通して初めて言えるものだと私は思うので,もうメモ程度だと思ってお読みいただけると幸いです。本当にすみません…。(><)
まず,作者の小松さんはお名前からして男性の方かなと思うのですが,男子高生が女子高生のお芝居を作ろうと思ったことがすごいなーと思います!中高生の女の子ほどフクザツな生き物はいないと思うので(笑),よくその世界に突っ込もうとしたなぁ…って。覚悟が,すごいですね。
ただ,60分のお話の割にあんまり話に奥行きがなかったように感じました。なんだろうか…。
主人公がクラス会に参加しようと思うまでのお話…ですよね?
観ていて思ったことは…誰にも寄り添えない…ということでした。
誰にも寄り添えないというか,誰にも共感できないというか,一人ひとりの気持ちや意図が見えづらかった…っていうことかな。
多分主役は「自分」なので,「自分」に感情移入したいというか「自分」を知りたいなと思うのですが,いかんせん自己開示がほっとんどないので,理解したくてもたいへんでした。何が彼女をそうさせているのかがすんごくわかりにくかったです。対人恐怖なのだろうかーとか,極度のあがり症なのだろうかーとか,視線恐怖なのだろうかーとか…。特に声でのリアクションが冒頭のシーンでは一切なかったので,あそこまで喋らないのは相当だなと思って観ていた訳です。
もう少し,「自分」の内面が見えるようなエピソードとかモノローグとか,そういったものがあるとよかったなぁと思いました。
「生徒」のみなさんも,知らない人とでもキャッキャと関わることが好きなので最初は「自分」に積極的ですが,リアクションがほぼないので,無力感というか,そういうものを感じて当然だろうなーと思います。でも途中で「何かした?」「いなくなれ」「消えろ!」みたいな言葉がエスカレートしていきますが,そこまで思う何かを「自分」がしているかと言われたら多分していないので,言葉だけ上滑りで,せりふありきになってその表出に至るプロセスがなかった気がしてならないです。
そしてそして,仮面をかぶった「他人」が出てきますが,なんか…例が…(ん?つまりどういうこと??)と思ってしまったり,(このひと(自分)って自己中なの?この自己中の例と「自分」って関係してるの??)と,ハテナが浮かぶことが多かったり,照明が全体的に暗くて,物理的にもメッセージ的にもいろいろ見えにくかったように思います。
「自分」と「生徒」と「他人」の関係性を観た時に,「生徒」と「他人」って何が違うんだろう?仮面をかぶる必要ってあるんだろうか?とも思っちゃいました。「他人」も,誰から見た「他人」なのかがちょっとぼんやりしていて,例えば「自分」が勝手に作り上げている「他人」像として,「他人」が「自分」の心の中を侵襲的に暴れまわっているシーンなんか作ったりして,いやいやひとってそんなんじゃないよという認知のゆがみの矯正を,「生徒」ができると良かったのかなぁなんて勝手に思ったりしてます。
勝手に思い込んで勝手に壁を作って,でも実際に経験してみたら大したことなかったわってことが世の中多いと思うので,双方の「ホンネ」と「タテマエ」が見えるような構成にしてもう一度練り直したら,きっとさらに面白い作品になるんじゃないかな~。
…あ,ひとり想像の翼を広げてすみません。たたみます…。(シュッ)←
「クラスメイト」って高校までの独特な人間関係だなーと,大人になって思います。
長い人生で見たら一瞬の接点というひとたちが多いはずなのに,変に突っ込んだり突っ込まれたり,面倒な人間関係。そこに着目したのは,やっぱり作者のみなさんが高校生だからだろうな。
今しか作れない作品だと思うので,ぜひもう一度切り口やアプローチを変えて挑んでほしいなと個人的に思います。
甲府西高校のみなさん,お疲れ様でしたー。
作:小松知也・山梨県立甲府西高校演劇部
出演:山梨県立甲府西高校演劇部
すすすすす,すみませーん…(;▽;)
最初に正直にお話すると,後半で意識がおでかけしてしまいました…。
ご,午後一番ってだから苦手なのです…。午前の緊張が解けてゆるゆるしちゃう時間なのです。
感想って,全部通して初めて言えるものだと私は思うので,もうメモ程度だと思ってお読みいただけると幸いです。本当にすみません…。(><)
まず,作者の小松さんはお名前からして男性の方かなと思うのですが,男子高生が女子高生のお芝居を作ろうと思ったことがすごいなーと思います!中高生の女の子ほどフクザツな生き物はいないと思うので(笑),よくその世界に突っ込もうとしたなぁ…って。覚悟が,すごいですね。
ただ,60分のお話の割にあんまり話に奥行きがなかったように感じました。なんだろうか…。
主人公がクラス会に参加しようと思うまでのお話…ですよね?
観ていて思ったことは…誰にも寄り添えない…ということでした。
誰にも寄り添えないというか,誰にも共感できないというか,一人ひとりの気持ちや意図が見えづらかった…っていうことかな。
多分主役は「自分」なので,「自分」に感情移入したいというか「自分」を知りたいなと思うのですが,いかんせん自己開示がほっとんどないので,理解したくてもたいへんでした。何が彼女をそうさせているのかがすんごくわかりにくかったです。対人恐怖なのだろうかーとか,極度のあがり症なのだろうかーとか,視線恐怖なのだろうかーとか…。特に声でのリアクションが冒頭のシーンでは一切なかったので,あそこまで喋らないのは相当だなと思って観ていた訳です。
もう少し,「自分」の内面が見えるようなエピソードとかモノローグとか,そういったものがあるとよかったなぁと思いました。
「生徒」のみなさんも,知らない人とでもキャッキャと関わることが好きなので最初は「自分」に積極的ですが,リアクションがほぼないので,無力感というか,そういうものを感じて当然だろうなーと思います。でも途中で「何かした?」「いなくなれ」「消えろ!」みたいな言葉がエスカレートしていきますが,そこまで思う何かを「自分」がしているかと言われたら多分していないので,言葉だけ上滑りで,せりふありきになってその表出に至るプロセスがなかった気がしてならないです。
そしてそして,仮面をかぶった「他人」が出てきますが,なんか…例が…(ん?つまりどういうこと??)と思ってしまったり,(このひと(自分)って自己中なの?この自己中の例と「自分」って関係してるの??)と,ハテナが浮かぶことが多かったり,照明が全体的に暗くて,物理的にもメッセージ的にもいろいろ見えにくかったように思います。
「自分」と「生徒」と「他人」の関係性を観た時に,「生徒」と「他人」って何が違うんだろう?仮面をかぶる必要ってあるんだろうか?とも思っちゃいました。「他人」も,誰から見た「他人」なのかがちょっとぼんやりしていて,例えば「自分」が勝手に作り上げている「他人」像として,「他人」が「自分」の心の中を侵襲的に暴れまわっているシーンなんか作ったりして,いやいやひとってそんなんじゃないよという認知のゆがみの矯正を,「生徒」ができると良かったのかなぁなんて勝手に思ったりしてます。
勝手に思い込んで勝手に壁を作って,でも実際に経験してみたら大したことなかったわってことが世の中多いと思うので,双方の「ホンネ」と「タテマエ」が見えるような構成にしてもう一度練り直したら,きっとさらに面白い作品になるんじゃないかな~。
…あ,ひとり想像の翼を広げてすみません。たたみます…。(シュッ)←
「クラスメイト」って高校までの独特な人間関係だなーと,大人になって思います。
長い人生で見たら一瞬の接点というひとたちが多いはずなのに,変に突っ込んだり突っ込まれたり,面倒な人間関係。そこに着目したのは,やっぱり作者のみなさんが高校生だからだろうな。
今しか作れない作品だと思うので,ぜひもう一度切り口やアプローチを変えて挑んでほしいなと個人的に思います。
甲府西高校のみなさん,お疲れ様でしたー。
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 静岡理工科大学星陵高校演劇部『ブルーシート』
@八千代市市民会館
作:飴屋法水
出演:静岡理工科大学星陵高校演劇部
超個人的な話。むかしむかし,私が高校3年生だったとき。
東京のとある大学のオープンキャンパスに行きました。そのときたまったま,静岡の星陵高校からやってきたという女の子に出会い,その日は一緒に行動し,ついでにプリクラとか撮っちゃうなんて出来事がありました。
私も彼女もその大学は第一志望ではなく,お互いがんばろーねなんて言ってお別れしました。私は第一志望に運よく受かり,そっちに進学して人生進めてきたのだけど,彼女はどこへ行ったんだろうなと…思い出すことがしばしばあります。(現在進行形)
…その星陵高校かー!…ということで,個人的にちょっぴり思い入れというか,意識しちゃいました。
でも,そんなフィルターなくても,幕が下りた瞬間,(とんでもないものを観てしまった…)と思いました。涙が出そうでした。いい年なのでこらえました。
息ができない,というか,そう思ってしまうくらい胸に迫ってくる高校演劇を観たのは,ずいぶん久しぶりな気がします。だけど,前に観たそれは何だったかと聞かれたら,はっきり言える演目はないかもしれない。
八千代の関東大会は,初日の朝から3.11系が続いていました。この『ブルーシート』で3作目でした。きっとくじ引きで決めた順番ではあるだろうけど,こう続いていると胸が重たくなります。
がしかし,その重たいものを超えた何かが,星陵にはありました。
なんだろう。すごく言語化したいのに,言葉が見つからない。私は言葉を使うことを仕事にしているのに,言葉が見つからないなんて。
気になる点はもちろんありました。せりふの出が,全体的にぶつぶつだったんです。うまく再現できないですが。あと棒読みっぽい方もいて,無機質っぽいというか,起伏が見えにくいなーと思いました。
だけどそれを勝るインパクトもいろんなところに散りばめられていました。
10人はそれぞれキーとなるせりふを持っているのだけど,それがラストでぐわーっと出てくるシーン,あれが圧巻でした。全部を覚えているわけじゃないけど,
「人は,見たものを,覚えていることができると思う。人は,見たものを,忘れることができると思う。」
これが一番印象的だったなぁ。あと,別のせりふでインパクトあったものは,「まざる」。表現が,考え方が,揺らぎながら生きる高校生だなぁって。
登場人物10人のうち,男の子が3人出てくるんですが,この3人がとってもよかった!
みんなタッパがある!そして髪型が個性的だったりイケメンだったり踊れちゃったり…すっごい強みを持ってるカンパニーだわ!と,観ていて胸が高鳴りました。笑
ヒッチー?かな?「11!」って言ってた彼がとても良い味を出していました。あと緑カーデの彼(「人は見たものを…」の人)。彼も良かった。バット持ってる姿が素敵だった!
あと,女の子だと,グレーの猫を飼いたかったエピソードを話す役(ユカかな?)の方,とんびのモノローグの役の方が印象的でした。ユカ役の方は揺れ動く感じがとても良くて,とんび…の役の方は声が素敵でした。
ギターを弾きながらブルーシートに包まれて時が止まる。
好きや無関心の思いが行き違う。
生まれ変わったらまた人間になりたいと思う。
生きること,死ぬこと,死んでいるのかわからないこと,わからないことを感じるということ,だからこう,こうじゃないという線引きが全くなくて,目の前にいる(登場人物としての)高校生達と生身の感情や時間を共有するという,芝居だから成し得る何かを味わえたと思います。
きちんと言語化できなくて,ごめんなさい。言語化できないあたりが,お芝居そのものとも言えるという言い訳をさせてください。
そうそう。この作品もそうだったんですが,最初から緞帳が上がってました。
アリなんですね。知りませんでした。そんでもって,私は客席の通路側に座ってたんですが,開演のちょっと前に制服を来た高校生ふたりが通路にしゃがみ込んでて,しかも席に座ってる大会の実行委員のひとなんかに話しかけたりしてたものですから,(ちょっと!あと少しで開演ですよ!)と心の中で思っていたんです。
そうしたら…まさかの…登場人物ではありませんか(笑)。かなりインパクトありました。みんなでザッザッザッと登壇していって,お芝居が始まる。美しかったです。舞台装置も美しくて,最初の番号のシーンとか,ぞくっとしました。
彼らの「11」とは何なのだろう。誰のことだろう。何を表しているだろう。いなくなった誰かのことだろうか。これから出会う何かのことだろうか。できることなら,もう一度観てみたい。
脚本が出版されているので,手に入れようと結構本気で思っています。
さっきAmazonで観てみたら,私がいちばん気になったせりふが帯にあるので,やっぱりインパクトがあって心に引っかかるのはそのせりふなんじゃないかと思っている次第です。
本当に,圧巻の60分でした。まとまらなくてごめんなさい。
私は,この舞台を観たことを,覚えていることができると思うので,そうしていたいです。
星陵のみなさん,お疲れ様でした。
作:飴屋法水
出演:静岡理工科大学星陵高校演劇部
超個人的な話。むかしむかし,私が高校3年生だったとき。
東京のとある大学のオープンキャンパスに行きました。そのときたまったま,静岡の星陵高校からやってきたという女の子に出会い,その日は一緒に行動し,ついでにプリクラとか撮っちゃうなんて出来事がありました。
私も彼女もその大学は第一志望ではなく,お互いがんばろーねなんて言ってお別れしました。私は第一志望に運よく受かり,そっちに進学して人生進めてきたのだけど,彼女はどこへ行ったんだろうなと…思い出すことがしばしばあります。(現在進行形)
…その星陵高校かー!…ということで,個人的にちょっぴり思い入れというか,意識しちゃいました。
でも,そんなフィルターなくても,幕が下りた瞬間,(とんでもないものを観てしまった…)と思いました。涙が出そうでした。いい年なのでこらえました。
息ができない,というか,そう思ってしまうくらい胸に迫ってくる高校演劇を観たのは,ずいぶん久しぶりな気がします。だけど,前に観たそれは何だったかと聞かれたら,はっきり言える演目はないかもしれない。
八千代の関東大会は,初日の朝から3.11系が続いていました。この『ブルーシート』で3作目でした。きっとくじ引きで決めた順番ではあるだろうけど,こう続いていると胸が重たくなります。
がしかし,その重たいものを超えた何かが,星陵にはありました。
なんだろう。すごく言語化したいのに,言葉が見つからない。私は言葉を使うことを仕事にしているのに,言葉が見つからないなんて。
気になる点はもちろんありました。せりふの出が,全体的にぶつぶつだったんです。うまく再現できないですが。あと棒読みっぽい方もいて,無機質っぽいというか,起伏が見えにくいなーと思いました。
だけどそれを勝るインパクトもいろんなところに散りばめられていました。
10人はそれぞれキーとなるせりふを持っているのだけど,それがラストでぐわーっと出てくるシーン,あれが圧巻でした。全部を覚えているわけじゃないけど,
「人は,見たものを,覚えていることができると思う。人は,見たものを,忘れることができると思う。」
これが一番印象的だったなぁ。あと,別のせりふでインパクトあったものは,「まざる」。表現が,考え方が,揺らぎながら生きる高校生だなぁって。
登場人物10人のうち,男の子が3人出てくるんですが,この3人がとってもよかった!
みんなタッパがある!そして髪型が個性的だったりイケメンだったり踊れちゃったり…すっごい強みを持ってるカンパニーだわ!と,観ていて胸が高鳴りました。笑
ヒッチー?かな?「11!」って言ってた彼がとても良い味を出していました。あと緑カーデの彼(「人は見たものを…」の人)。彼も良かった。バット持ってる姿が素敵だった!
あと,女の子だと,グレーの猫を飼いたかったエピソードを話す役(ユカかな?)の方,とんびのモノローグの役の方が印象的でした。ユカ役の方は揺れ動く感じがとても良くて,とんび…の役の方は声が素敵でした。
ギターを弾きながらブルーシートに包まれて時が止まる。
好きや無関心の思いが行き違う。
生まれ変わったらまた人間になりたいと思う。
生きること,死ぬこと,死んでいるのかわからないこと,わからないことを感じるということ,だからこう,こうじゃないという線引きが全くなくて,目の前にいる(登場人物としての)高校生達と生身の感情や時間を共有するという,芝居だから成し得る何かを味わえたと思います。
きちんと言語化できなくて,ごめんなさい。言語化できないあたりが,お芝居そのものとも言えるという言い訳をさせてください。
そうそう。この作品もそうだったんですが,最初から緞帳が上がってました。
アリなんですね。知りませんでした。そんでもって,私は客席の通路側に座ってたんですが,開演のちょっと前に制服を来た高校生ふたりが通路にしゃがみ込んでて,しかも席に座ってる大会の実行委員のひとなんかに話しかけたりしてたものですから,(ちょっと!あと少しで開演ですよ!)と心の中で思っていたんです。
そうしたら…まさかの…登場人物ではありませんか(笑)。かなりインパクトありました。みんなでザッザッザッと登壇していって,お芝居が始まる。美しかったです。舞台装置も美しくて,最初の番号のシーンとか,ぞくっとしました。
彼らの「11」とは何なのだろう。誰のことだろう。何を表しているだろう。いなくなった誰かのことだろうか。これから出会う何かのことだろうか。できることなら,もう一度観てみたい。
脚本が出版されているので,手に入れようと結構本気で思っています。
さっきAmazonで観てみたら,私がいちばん気になったせりふが帯にあるので,やっぱりインパクトがあって心に引っかかるのはそのせりふなんじゃないかと思っている次第です。
本当に,圧巻の60分でした。まとまらなくてごめんなさい。
私は,この舞台を観たことを,覚えていることができると思うので,そうしていたいです。
星陵のみなさん,お疲れ様でした。
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 千葉県立成田国際高校演劇部『繭の中』
@八千代市市民会館
作:伊三野友章+中村恵
出演:千葉県立成田国際高校演劇部
パンフレットの「上演にあたって」の文章がとても印象的でした。ちょっと(というか全文)引用させていただきます。
「というが,その前にわたしたちは,忘れないためにまず,覚える必要がある。」
このフレーズがとても強烈でした。
そしてこの作品は二人芝居。しかもそのうちのお一人は,なんと8役あるじゃないですか。
どんな舞台になるんだろうと,期待して観ました。
面白かった!3.11をこんな角度から切り取るのかぁ~と。目から鱗というか…新鮮でした。
被災地というと,私は岩手や福島,茨城なんかをぱっと想像してしまいがちだけど,千葉県でも津波にさらわれて行方不明になった方がいらっしゃる。忘れないための覚え方として,ほんの少し距離を置いて,多面的に見て,ひとつの真実に迫っていくあたりが,千葉県なのかもしれないなと感じました。
それから,「たとえば障害者や外国人といった…」を読んで,重いASDの方とか,知的な遅れがある方とか,そんな方々に思いを馳せました。そういった方にお会いすることが多いので。私。
そうしたいと思っていたことと,実際に取った行動と,それによって生じた結果は必ずしも一貫しているとは限らないということを,改めて感じました。それが良いわけでもなければ悪いわけでもないし,それでこそ人間らしいと思うのだけど,その少しずつのズレが人生の転機になることもありうる。その一人がカズオくんだったんだろうなぁ。
始まってすぐに,だむだむした音と現代的な映像が流れてきたときは,(さすが千葉だ!現代的だ!)と思いました。高校演劇も,技術を駆使したすごいものをさらさら~っと流せる時代になっていたのですね。
でもって,高校演劇で二人芝居ってたまに観ますが(最近だと長野県木曽青峰の『砂漠の情熱』とか,長野県松本県ヶ丘の『閑古鳥は鳴かせない』とか),せりふが一人にしかない…という舞台は初めてでした!ショーゲキ!私は短期記憶が悪いので,8役やった方の記憶力はかなりリスペクトです…!
あれなんですね…。なんでもう一人の方にはせりふないんだろうと思ったんですが,成田国際高校演劇部のブログによると,正式な部員は8役の方のみなんですね…。それでこの完成度!すごすぎるー!お手伝いさんてモチベーションの維持とかマネジメント面で難しいところが多々あると思うのですが,まるまる含めてすんごいカンパニーだなと思います。
お芝居を支えているのが映像と音なんですが,映像,特に聞かせたいせりふが字幕になって出てくるんですが,ただ文字が出てくるだけでなくアニメーションの効果がかかっているので,若干過剰に感じるところもありました。記者の心に引っかかったワードがイメージとして投映されていると思うんですが,記者のというより,作者の聞かせたいワードがぐいぐい!にも見えなくはなくて,ちょっとゴリゴリしてるなぁという印象もありました。あくまでアニメーションの話です。
逆に音はシンプルでよかったなぁ。8役の方が切り替わるときにピコリンッというような,ゲーム音のようなものが流れるんですが,「再現スタート!」みたいな合図のようで面白かったです。
あ,あとラストの,下手からの照明がきれいだったなぁ。
演技の話をすると…(8役見分けられるんだろうか…)と心配だったんですが,スクリーン左上に「○○の証言」という視覚的な補助があったので大丈夫でした。ただ8役の方はややべたっとした感じの喋りが多くて,せりふの言葉は違うのに,なんとなく調子(喋り方)が似ている気がしました。一人くらいドライに,淡々と話すような人物がいても良いのかなと思います。メグかハヤシくんあたりかな。物理的に距離があったりいじめた方は,あまり詳細に覚えてなかったりするので。
それから,歩き方がちょっと気になりました。なんだろうな。重心の問題なのかな。一歩進むごとに重心がぶれて前に出ている足の方に寄っている気がしたので,コントロールできるようになるとさらに歩き姿がキレイになるだろうなぁと思います。
それからそれからアンパンマンの話になるんですが,小2(妹)でアンパンマンごっこか…と思うと,若干幼い気が…!あと小学生くらいになれば,いじめられて登校渋りとか,部屋から出たくないと思うことがある…って十分にあると思うので,例えばカズオが引きこもり始めた年に年長,でもいいのかなーと思います。ちょこっと年が離れてて,アンパンマンなんてとっくに卒業してるお兄ちゃんが小さい妹に付き合ってあげる感じとか,素敵なんじゃと思います。あくまで主観です。
やっぱり60分の中で,ミツルの「バンッ」が一番インパクトがあったな。視覚的にも聴覚的にも!
誰に何と言われるか,誰に何をされるかは,自分自身の人生を編む中でとても重要度の高いものだと感じます。その些細な一言で生きていける気がするし,ほんの一瞬の出来事で死んでしまいたくもなる。外からどう見られていても,思われていても,大切なのはその人自身がどう感じ,受け止めるかなのだと思いました。それがよくわかる作品でした。
在るもの全てがシンプルだから,見せたいものもストレートに届いてきました。
長野県茅野の『夜長姫と耳男』(県大会)でも思いましたが,人数が少ないからやれることが少ない訳ではないということも感じることができました。来年度,新入生の部員さんが増えることをお祈りしております…!成田国際のみなさん,お疲れ様でしたー!
作:伊三野友章+中村恵
出演:千葉県立成田国際高校演劇部
パンフレットの「上演にあたって」の文章がとても印象的でした。ちょっと(というか全文)引用させていただきます。
あるひきこもり男性は,部屋にとじこもったまま自宅ごと津波に流されたという。
はっとした。わたしたちは,つい漠然と「被災者」とひとくくりにしてしまいがちだ。けれど一言に「被災者」といっても百人百様,たとえば障害者や外国人といった「災害弱者」の存在もある。
ほんとうに《ひとりひとりの震災》にわたしたちの想像力は及んでいるだろうか。震災を忘れるな,というが,その前にわたしたちは,忘れないためにまず,覚える必要がある。
「というが,その前にわたしたちは,忘れないためにまず,覚える必要がある。」
このフレーズがとても強烈でした。
そしてこの作品は二人芝居。しかもそのうちのお一人は,なんと8役あるじゃないですか。
どんな舞台になるんだろうと,期待して観ました。
面白かった!3.11をこんな角度から切り取るのかぁ~と。目から鱗というか…新鮮でした。
被災地というと,私は岩手や福島,茨城なんかをぱっと想像してしまいがちだけど,千葉県でも津波にさらわれて行方不明になった方がいらっしゃる。忘れないための覚え方として,ほんの少し距離を置いて,多面的に見て,ひとつの真実に迫っていくあたりが,千葉県なのかもしれないなと感じました。
それから,「たとえば障害者や外国人といった…」を読んで,重いASDの方とか,知的な遅れがある方とか,そんな方々に思いを馳せました。そういった方にお会いすることが多いので。私。
そうしたいと思っていたことと,実際に取った行動と,それによって生じた結果は必ずしも一貫しているとは限らないということを,改めて感じました。それが良いわけでもなければ悪いわけでもないし,それでこそ人間らしいと思うのだけど,その少しずつのズレが人生の転機になることもありうる。その一人がカズオくんだったんだろうなぁ。
始まってすぐに,だむだむした音と現代的な映像が流れてきたときは,(さすが千葉だ!現代的だ!)と思いました。高校演劇も,技術を駆使したすごいものをさらさら~っと流せる時代になっていたのですね。
でもって,高校演劇で二人芝居ってたまに観ますが(最近だと長野県木曽青峰の『砂漠の情熱』とか,長野県松本県ヶ丘の『閑古鳥は鳴かせない』とか),せりふが一人にしかない…という舞台は初めてでした!ショーゲキ!私は短期記憶が悪いので,8役やった方の記憶力はかなりリスペクトです…!
あれなんですね…。なんでもう一人の方にはせりふないんだろうと思ったんですが,成田国際高校演劇部のブログによると,正式な部員は8役の方のみなんですね…。それでこの完成度!すごすぎるー!お手伝いさんてモチベーションの維持とかマネジメント面で難しいところが多々あると思うのですが,まるまる含めてすんごいカンパニーだなと思います。
お芝居を支えているのが映像と音なんですが,映像,特に聞かせたいせりふが字幕になって出てくるんですが,ただ文字が出てくるだけでなくアニメーションの効果がかかっているので,若干過剰に感じるところもありました。記者の心に引っかかったワードがイメージとして投映されていると思うんですが,記者のというより,作者の聞かせたいワードがぐいぐい!にも見えなくはなくて,ちょっとゴリゴリしてるなぁという印象もありました。あくまでアニメーションの話です。
逆に音はシンプルでよかったなぁ。8役の方が切り替わるときにピコリンッというような,ゲーム音のようなものが流れるんですが,「再現スタート!」みたいな合図のようで面白かったです。
あ,あとラストの,下手からの照明がきれいだったなぁ。
演技の話をすると…(8役見分けられるんだろうか…)と心配だったんですが,スクリーン左上に「○○の証言」という視覚的な補助があったので大丈夫でした。ただ8役の方はややべたっとした感じの喋りが多くて,せりふの言葉は違うのに,なんとなく調子(喋り方)が似ている気がしました。一人くらいドライに,淡々と話すような人物がいても良いのかなと思います。メグかハヤシくんあたりかな。物理的に距離があったりいじめた方は,あまり詳細に覚えてなかったりするので。
それから,歩き方がちょっと気になりました。なんだろうな。重心の問題なのかな。一歩進むごとに重心がぶれて前に出ている足の方に寄っている気がしたので,コントロールできるようになるとさらに歩き姿がキレイになるだろうなぁと思います。
それからそれからアンパンマンの話になるんですが,小2(妹)でアンパンマンごっこか…と思うと,若干幼い気が…!あと小学生くらいになれば,いじめられて登校渋りとか,部屋から出たくないと思うことがある…って十分にあると思うので,例えばカズオが引きこもり始めた年に年長,でもいいのかなーと思います。ちょこっと年が離れてて,アンパンマンなんてとっくに卒業してるお兄ちゃんが小さい妹に付き合ってあげる感じとか,素敵なんじゃと思います。あくまで主観です。
やっぱり60分の中で,ミツルの「バンッ」が一番インパクトがあったな。視覚的にも聴覚的にも!
誰に何と言われるか,誰に何をされるかは,自分自身の人生を編む中でとても重要度の高いものだと感じます。その些細な一言で生きていける気がするし,ほんの一瞬の出来事で死んでしまいたくもなる。外からどう見られていても,思われていても,大切なのはその人自身がどう感じ,受け止めるかなのだと思いました。それがよくわかる作品でした。
在るもの全てがシンプルだから,見せたいものもストレートに届いてきました。
長野県茅野の『夜長姫と耳男』(県大会)でも思いましたが,人数が少ないからやれることが少ない訳ではないということも感じることができました。来年度,新入生の部員さんが増えることをお祈りしております…!成田国際のみなさん,お疲れ様でしたー!
第50回関東高等学校演劇研究大会(八千代会場) 茨城県立水戸第二高校演劇部『エゴロジスト』
@八千代市市民会館
作:根本玲乃
出演:茨城県立水戸第二高校演劇部
初!南の関東大会!茨城県の高校!どんななんだろうな~と思って観ました。
きっと,カーリングストーンのような勢いのままにここ(関東大会)まで来たんだろうなぁ!というのが率直な感想です。
荒削りで,書きたいことがたくさんあって,伝えたいものもたくさんあって,今も将来もどっちも大事で,どちらも大切にできると思うししたい…という,万能感みたいなものが見えました。“等身大の高校生”が出ていて良かったです。
パンフレットには「この劇をご覧いただき,少しでも多くの方と『原発』について考えていきたい」とあるので話のメインはここなのだと思いますが,友達に素直に気持ちを伝えられない…とか,私利私欲のための詐欺…とか,家族がいない高校生達…とか,伏線がいろいろありすぎて,「とにかく詰め込みました!」という印象も受けました。バラバラとしたピースはあるのだけど,全部は繋がっていなくて一枚の絵にならない感じ。もう少し描きたいところを絞ると,すっきりしたのかなとも思います。
観ていて気になったことを,思いついた順に書きたいと思います。
①あれ,そもそも何で宇宙大会ないんだっけ?
もともとないなら,スーツのお姉さんはなまこチームを火星に呼んでお仕事させれば良いのでは…と思ったのですが,だめですか?その設定だと火星チームと戦えなくなるからだめですか?(笑)なんでないかはせりふでも言っていた気がするけど,あんまりはっきりしていなかったかも…。
②原発の「何が」問題なのかが,もう少し見えるとよかったなぁ。
生きるためにはお金が必要で,お金を得るためには職を選ばない(選べない)ひともいる。それがたまたま発電所なのかもしれない。
日々積もっていく問題を解消しようと今アクションをかけたり,改善に向けて努力をしなければいけないのは原発の「使用」だけではなくて,国全体の借金だったり…,もっと細かく言うと年金制度だったり,いろいろあると思うんです。そういった,「負の連鎖」自体が問題なのか,負の連鎖を傍観している「利己的な姿勢」が問題なのかが見えにくかったです。どっちもあるのかもしれないけど話が大きすぎるし着地点が何でもありになってしまいそうな気がするので,原発の「何が」問題なのかが絞れていると良かったと思います。
③嵯峨野ちゃんのエゴ
嵯峨野ちゃんは「プレゼント(レモンのはちみつ漬け)を渡すことで,それに触れるたび渡した自分のことを相手に思い出させてしまう。それが相手にとって負担なのでは。」というスタンスの子なんだなと思っているんですが,なんかここは嵯峨野ちゃんが裏を読みすぎている気がして,(え…友達なんだよ,ね!?)と思ってしまいました。例えば準決勝とかで負けた相手がそれをしたら負け惜しみ感も出てわかる気もするのだけど,単純に立場が違う友達なら純粋に応援してあげれば良いのでは…。神経質ね嵯峨野ちゃん…と,しみじみ思いました。
③バイトちゃんへの共感しづらさ
カタカナが苦手なのでウインナーコーヒーとウインナーがごっちゃになってしまうということなのだけど,いくら田舎の出でも,日本人でそれはちょーっと無理があるかなと思いました。過去からタイムスリップしてきた人くらいでちょうどいい語学力…!笑
なので,このバイトちゃんはいっそのこと,日本語をほとんど話せない出稼ぎに来た外国人とか…そういう大きな文化差のあるひとの設定の方が,やりやすかったんじゃないかなと思います。
④10万円の稼ぎ方
…が,なんだか安易!なんだか安易な気がするのです!!なぜそんなビジネスを始めようと思ったのですか!動機やねらいが見えにくくて,(なんで?)が先行しちゃう感じがしました。
あと,気になったこと…ではなく共感ポイントになるんですが,火星チームの皆さんは,失うものが少ないので自暴自棄というか,刹那主義になるのも当然だなーと思いました。なれるものなら彼女達だって安全な仕事をしたいし,安定した生活を望みたい。でもそれができない(選べない)場合もある。そこに正論を持ってこられても逆効果というか,わかっていることとできることは違うので,火星チームは苦しいだろうなーなんて思って観てました。
私は普段こちらに近い方とお会いすることが多いので,なまこチームはまぶしかったです。若いなぁって。それがキラキラしていて万能感に溢れる高校生ってことなんだろうけど。
あ。あと話ではなく演出や演技のことになるのですが,私いろんなところで書いてますが,シャウト系がだめなんです。勢いのある喋り方って言うのかな。なんか,叫び率が高いお芝居のことです。あるいは普通のせりふでも,叫んでるように聞こえるお芝居のことです。
水戸第二もこれに近い感じだったのでちょっと抵抗がありました。きっとせりふの出がもっと自然になったら,リアクションも一本調子にならずに済んだのかな?と思います。
あとあと,冒頭とクライマックスでなまこの子が登場しますが,しょっぱなで中学生みたいな服装の子なのにややドスの効いた低めの声だったので,若干ギャップを感じました(笑)。でもってこの役をされていた方はせりふを出すときちょっと表情がお辛そうだったので,無理なく出せるといいだろうなぁと,ちょっとハラハラして聞いていました…。
作と主演を兼任されている方ってたまにお見かけしますが,下手するとそのひとのオンステージになっちゃうんじゃないかなと思います。
…が,今回はきちんと別の方がメインの演出を担当されていたようなので,客観的に引いて完成させられたのかな,なんて思いました。
作者の方の意欲と,日々揺れ動いている思いが見える作品だったなと思います。きっと現時点で答えがすっきり出せないから,文字通り「投げて終わり」にしたのだと思いますが,部のみなさんがこの作品に散りばめられている「気になること」の種をそれぞれ育てて,いつか何らかの答えや表出を生み出せたら良いなと感じました。
水戸第二のみなさん,お疲れ様でしたー!
作:根本玲乃
出演:茨城県立水戸第二高校演劇部
初!南の関東大会!茨城県の高校!どんななんだろうな~と思って観ました。
きっと,カーリングストーンのような勢いのままにここ(関東大会)まで来たんだろうなぁ!というのが率直な感想です。
荒削りで,書きたいことがたくさんあって,伝えたいものもたくさんあって,今も将来もどっちも大事で,どちらも大切にできると思うししたい…という,万能感みたいなものが見えました。“等身大の高校生”が出ていて良かったです。
パンフレットには「この劇をご覧いただき,少しでも多くの方と『原発』について考えていきたい」とあるので話のメインはここなのだと思いますが,友達に素直に気持ちを伝えられない…とか,私利私欲のための詐欺…とか,家族がいない高校生達…とか,伏線がいろいろありすぎて,「とにかく詰め込みました!」という印象も受けました。バラバラとしたピースはあるのだけど,全部は繋がっていなくて一枚の絵にならない感じ。もう少し描きたいところを絞ると,すっきりしたのかなとも思います。
観ていて気になったことを,思いついた順に書きたいと思います。
①あれ,そもそも何で宇宙大会ないんだっけ?
もともとないなら,スーツのお姉さんはなまこチームを火星に呼んでお仕事させれば良いのでは…と思ったのですが,だめですか?その設定だと火星チームと戦えなくなるからだめですか?(笑)なんでないかはせりふでも言っていた気がするけど,あんまりはっきりしていなかったかも…。
②原発の「何が」問題なのかが,もう少し見えるとよかったなぁ。
生きるためにはお金が必要で,お金を得るためには職を選ばない(選べない)ひともいる。それがたまたま発電所なのかもしれない。
日々積もっていく問題を解消しようと今アクションをかけたり,改善に向けて努力をしなければいけないのは原発の「使用」だけではなくて,国全体の借金だったり…,もっと細かく言うと年金制度だったり,いろいろあると思うんです。そういった,「負の連鎖」自体が問題なのか,負の連鎖を傍観している「利己的な姿勢」が問題なのかが見えにくかったです。どっちもあるのかもしれないけど話が大きすぎるし着地点が何でもありになってしまいそうな気がするので,原発の「何が」問題なのかが絞れていると良かったと思います。
③嵯峨野ちゃんのエゴ
嵯峨野ちゃんは「プレゼント(レモンのはちみつ漬け)を渡すことで,それに触れるたび渡した自分のことを相手に思い出させてしまう。それが相手にとって負担なのでは。」というスタンスの子なんだなと思っているんですが,なんかここは嵯峨野ちゃんが裏を読みすぎている気がして,(え…友達なんだよ,ね!?)と思ってしまいました。例えば準決勝とかで負けた相手がそれをしたら負け惜しみ感も出てわかる気もするのだけど,単純に立場が違う友達なら純粋に応援してあげれば良いのでは…。神経質ね嵯峨野ちゃん…と,しみじみ思いました。
③バイトちゃんへの共感しづらさ
カタカナが苦手なのでウインナーコーヒーとウインナーがごっちゃになってしまうということなのだけど,いくら田舎の出でも,日本人でそれはちょーっと無理があるかなと思いました。過去からタイムスリップしてきた人くらいでちょうどいい語学力…!笑
なので,このバイトちゃんはいっそのこと,日本語をほとんど話せない出稼ぎに来た外国人とか…そういう大きな文化差のあるひとの設定の方が,やりやすかったんじゃないかなと思います。
④10万円の稼ぎ方
…が,なんだか安易!なんだか安易な気がするのです!!なぜそんなビジネスを始めようと思ったのですか!動機やねらいが見えにくくて,(なんで?)が先行しちゃう感じがしました。
あと,気になったこと…ではなく共感ポイントになるんですが,火星チームの皆さんは,失うものが少ないので自暴自棄というか,刹那主義になるのも当然だなーと思いました。なれるものなら彼女達だって安全な仕事をしたいし,安定した生活を望みたい。でもそれができない(選べない)場合もある。そこに正論を持ってこられても逆効果というか,わかっていることとできることは違うので,火星チームは苦しいだろうなーなんて思って観てました。
私は普段こちらに近い方とお会いすることが多いので,なまこチームはまぶしかったです。若いなぁって。それがキラキラしていて万能感に溢れる高校生ってことなんだろうけど。
あ。あと話ではなく演出や演技のことになるのですが,私いろんなところで書いてますが,シャウト系がだめなんです。勢いのある喋り方って言うのかな。なんか,叫び率が高いお芝居のことです。あるいは普通のせりふでも,叫んでるように聞こえるお芝居のことです。
水戸第二もこれに近い感じだったのでちょっと抵抗がありました。きっとせりふの出がもっと自然になったら,リアクションも一本調子にならずに済んだのかな?と思います。
あとあと,冒頭とクライマックスでなまこの子が登場しますが,しょっぱなで中学生みたいな服装の子なのにややドスの効いた低めの声だったので,若干ギャップを感じました(笑)。でもってこの役をされていた方はせりふを出すときちょっと表情がお辛そうだったので,無理なく出せるといいだろうなぁと,ちょっとハラハラして聞いていました…。
作と主演を兼任されている方ってたまにお見かけしますが,下手するとそのひとのオンステージになっちゃうんじゃないかなと思います。
…が,今回はきちんと別の方がメインの演出を担当されていたようなので,客観的に引いて完成させられたのかな,なんて思いました。
作者の方の意欲と,日々揺れ動いている思いが見える作品だったなと思います。きっと現時点で答えがすっきり出せないから,文字通り「投げて終わり」にしたのだと思いますが,部のみなさんがこの作品に散りばめられている「気になること」の種をそれぞれ育てて,いつか何らかの答えや表出を生み出せたら良いなと感じました。
水戸第二のみなさん,お疲れ様でしたー!
Monday, January 12, 2015
映画『6才のボクが,大人になるまで』
監督:リチャード・リンクレイター
製作:キャスリーン・サザーランド
◇CAST
エラー・コルトレーン/ローレライ・リンクレイター/パトリシア・アークエット/イーサン・ホーク 他
(2015.1.12 劇場で鑑賞)
“撮影方法”で観たいと思った映画は初めてでした。
ひゃー。観てよかったです。ほんとうに。
世間を揺るがす大事件が起きる訳でもなければ,ピンチのときに誰かが助けに来てくれる訳でもない。アメリカに生きる,ごくごく普通の男の子の成長記。それがとてもリアルで,本当にアメリカのどこかで生きていたんじゃないかなって思うくらいでした。例えばハリーポッターの最新刊が出て,子どもが大行列を作って一冊一冊を大事そうに買っていく…とか,大統領選でオバマを応援する…とか。映画の中で時間が流れて,主人公が子どもから大人になっていく映画は山ほどあるけど,その時間の中に「嘘」がない。そんな作品でした。
メイソンJr.を演じたエラー・コルトレーンくんがとてもよかった~。
このポスターの表情がたまらんですね。始まって一番最初のシーンがこれだったので,(あぁ,早速ここから始まるのね…!)と思いました。
メイソンの,目が良いのですよ…。子どもって親のちょっとした変化に,ちゃんと気づいてるんだなぁと思う目をしていました。お母さんが大学教授と何かあるのでは…と思うところとか,軍隊帰りの兄ちゃんと何かあるのでは…と思うところとか。始まったときはあんなに高くてかわいらしい声なのに,最後のシーンでは低い声で,一人の男性として自分の考えを語るまでに至っていて,(はー,こうして人って大人になっていくんだなぁ)としみじみ思いました。
あ。なんか途中で,右耳にピアス空いたな~と思ったら,そのあとにもっとでっかい痛々しいのが左に空いてたので,(ギャッ!!!)と思いました。笑
成長といえば,お姉ちゃんもだよね。監督の娘さんだったなんて,さっき役者の名前調べて知りました。笑
お姉ちゃんも,親に自分のこと見てほしくてつらい思いもしてたんだろうな~と思うと切なくなりました。高校出て,お家出られてよかったなーって思います。赤い髪から落ち着いた色になったときは,彼女も大人になったんだなーって感じました。
お母さんは,男性運がつくづくないよね…。笑
そういう人っているよね…。そういう,呼び寄せちゃう人…。
最初は良いと思っていたけど,徐々に本性が出てきちゃったり。アル中になっていっちゃったり。苦労してるな。
でも,2番目の旦那(大学教授)から教えてもらった心理学で学位を取って身を立てていくあたりは,なんとも言えないというか…。人生ってそういうものなんだろうと思います。昔の恋人から得たもので今生かされているというか。そんな感じ。
あとあと,一番リアルだなーと思ったのは,メイソンJr.が「16になったら車を譲ってくれるって言ったじゃないか」って言ったのに対し,お父さんが「そんなこと行ったっけ☆」っていうところ。昨年観た舞台の葛河思潮社の『背信』のパンフレットに書かれていたことを思い出しました。
そういう小さな思い違いや,忘却。その積み重ねが現実の世界に生きるってことなんだろうな。
ほんっとに一番最後の,大学のガールフレンドのせりふが印象的でした。「大人は一瞬を逃すなって言うけど,一瞬は切り取るものじゃなくて,一瞬は私達から常に離れないものだと思う」みたいなせりふ。心に残りました。
大人になった今,思春期に入る前から大人になるまでをさらうなんてすごくくすぐったい映画なのだけど,観終わった後はじーんとくる,深ーい映画でした。
12年かけて作ろうと思った監督やスタッフの覚悟,キャストの根気,完成させたカンパニーの力がほんっとにスゴイ!唯一無二の存在!映画館で観ることができて,本当によかったです。
ゴールデングローブ賞も納得!の作品でした。
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