原作:グードルン・パウゼヴァング
訳:高田ゆみ子(小学館文庫)
上演台本・演出:瀬戸山美咲
出演:上白石萌音/陽月華/塩顕治/中田顕史郎/大原研二/浅倉洋介/橘花梨/石田迪子/つついきえ/佐藤真子/間瀬英正/大森美紀子
(どうしようかな~。行こうかな~…)と思っていたこの舞台。
以前観たミナモザの『エモーショナルレイバー』がとても印象的だったこと,上白石萌歌さんのお姉さんが出るということで,迷っていました…。
よし行こうという決め手になったのは,このフライヤーの表情がとっても素敵だったのと,
『エモーショナルレイバー』に出演されていたハマカワフミエさんが「ミナモザの中で一番良かった」みたいなことをTwitterでつぶやかれていたこと。
あぁ…観てよかった…。
衆議院選挙の当日に観られたのも,偶然じゃないかもしれない。
上演時間が2時間20分(休憩なし)ということで,ちょっとしんどそう…と思ったのですが,一度始まるとガーっと見入ってしまいました。
そう。私上白石姉妹は,妹さんの存在を先に知り,あとからお姉さんのことを知りました(当日受付に妹さんもいらっしゃった…)。
妹さんはドラマで見たりCMで見かけたりということがあったのですが,お姉さんの萌音さんのお芝居は,今回が初めて。
…とっ,透明感が,やばい!!!
まず出演者がばーっと出てきて,(あの人…?)と思っていた人がいたのですが,ちいちゃい人がサッと現れて(あの子だーーーーーっ!)ってなりました。笑
びっくり!ちいちゃい!!Wikipediaで調べたら,152センチだそうです。ちいちゃい…!!
でもって,声の透明感にびっくり。すっごい。あの年齢だから出るの!?すごくきれいな声で,びっくりしました。
あと,感情の爆発っぷりがすごい。“怒っている”ところは,本当にすごくて,思わず涙が出てきました。こらえたけど。
言うことを聞かないウリに対して叱るところとか,
嘘を言った看護師に対して叫ぶところとか,
やり場のない“怒り”がいろんなところで見えて,生身の人間らしさを感じられました。
体がしなやかで,本当に,全身で感情を出せる女優さんなんだな~と思いました。
と同時に,私,今年は長野県松本蟻ヶ崎高校演劇部の『Nippon, cha cha cha!』を何度か観ていまして。
あの作品に足りなかったのはこういう部分なんじゃないかと…ふと思いました。
『Nippon…』は「私にとって身近なことはあなたにとって遠いこと」というようなテーマで,沖縄の基地のことや,福島の原発のことを織り交ぜながら高校生があれやこれや現実と向き合う話なのですが,せりふありきというか,“感情”が見えなくて。
ひとつひとつのシーンは確かに“きれい”だったり,会話のキャッチボールが見えるのだけど,全体的に一環した感情が見えなくて。シーンが細切れなので仕方ないのかもしれないけど。見える前に次のシーンに行ってしまうのかな。でも,見えなくて。感情が見えることが,お芝居の魅力だと思うのに。もっとあの子たちも怒っていいのに…って,この作品を観て思いました。
はい。脱線脱線…。
あとヤンナの弟のウリがとても魅力的なの。見た目は人形なので表情は全く変わらないのだけど,ちゃんと身振りや声で感情が見える。無邪気さが魅力的。「しゅたっ」とか,本当にかわいくて素敵だった…。
だからこそ喪失感が大きかったです。事故の遭い方も,(おぉ~)っと思いました。カーテンコールでヤンナがぎゅっと抱きしめてあげるところとか,もし一人で観に行ってたら本気で涙腺崩壊したかもしれない…。はぁ。(溜息)
魅力的といえば,アイゼとヤンナのやりとりが良かった。女子女子してて。脱走とか,ボーイフレンドの話とか,10代の女の子という感じたっぷりで,素敵だったなぁ。
素敵といえば,ヘルガおばさん…!(笑)
まさかの男性…!最近,今年観た高校演劇のまとめとして書いた記事の中で,久留米大附設の『女子高生』の「見立て」について語ったばかりだったので,(おぉぉ…!)と思いました。いやー,効果的だったー。「息がつまるおばさん」というのがすんごい出てて良かった…。だけど家から出ていったヤンナを追ってきた&誕生日を祝いにきたヘルガおばさんからは,不器用なりに彼女を愛していることがほんとうによく伝わってきて,胸がくるしくなるシーンでした。
アルムートの家を去った後とか,背中から滲み出てくるものがありました…。はぁぁ…。きっとこれはヤンナにも伝わっているはず…。
あと,これは私だけかもしれないのだけど,アルムート役の大森美紀子さんが,燐光群の中山マリさんを彷彿とさせました…。あのハキハキッとした喋り方とか,声の質なんかが。
舞台の話をすると,照明が効果的だったなぁーって思います。いろんな場面になって,いろんな場所になって,空間がコロコロ変わるのだけど,ついていけたのは照明の効果が大きいと思います。基本的にドアは上手の照明で区切ってたり,場転は暗めの照明が入るのに,一度きちっと暗転にしてたり。繋がっているけれど,切るところは切る。思わず意識して照明を見ちゃいました。
あと,アイゼが亡くなる直前の人のシルエットはどうやったんだろう~。すごく気になる!
音響というか,曲も気になりました。特にヤンナとウリが自転車を漕ぎ始めた時に掛かってた曲は何なのか知りたい~!メインテーマは書下ろしなのだとか…。いやぁ…すごい…。
そうそう。これは現代と東ドイツを行き来している作品で,ときどき「私」が登場しているのですが,最後らへんであんなふうになるとは思わなかった。この問題を語るにあたり,きれいな言葉だけでは表せないのだということが,ひしひしと伝わってきました。ハマカワさんの言ってたような「代弁」とは,このことを言うのだと思います。
「諦めたわけじゃないけど疲れた。」「東京のひとがこんなこと言っててごめんなさい。」というようなニュアンスのせりふは,東京に住む私だから響いた気が…するな。
そんでもって,ミナモザのwebサイトを見てみると,
「小さな子どもから大人まで、日本に暮らす人から世界の人まで、
誰もが「自分のこと」として受け止められる作品を目指します。」
と書かれているのだけど,その目標は,きっと達成できたのだろうと感じます。
「未来を連れてくる芝居」にときどき出会いますが,場合によってはこの作品も,未来を連れてきてしまうかもしれない。
3.11そのものを扱ったり,それを思い起こす作品もいくつか観てきましたが,どこかしっくりこない自分がいました。なぜかはわかりません。感覚の問題なので。
でも,「架空の話」だからこそ,今回はすーっと入ってきたように思います。
瀬戸山さんと3.11がぶち当たってるのを舞台の上で観られたことも,要因としてあるかもしれません。劇作家が“言葉は話した途端に腐っていく”なんてフレーズが出てきたのも,衝撃的でした。そうかぁ。消えるんじゃなくて,腐っていくのかぁって。
彼女の書く作品は,やっぱり気になります。
長くてまとまってない文章になりました。
が,ヤンナのほとばしる感情や,生きているひとの姿や,葛藤する瀬戸山さんと,時間や空間を共有できたような気がするので,それで満足です。
久々に,原作を読んでみたいなと思う作品に出会えました。
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